PMBOKとは、プロジェクト管理におけるベストプラクティスやフレームワークを包括したガイドブックです。1996年の初版から2017年の第6版まで時代変化に対応して4年に1回ペースで改訂されてきました。
そして2021年に発行された最新の第7版(PMBOK7)では内容をガラリと変えています。どのように変更したのか、なぜそのように変更したのか、これまで培ってきた資産はどうなったのか、誤解もあるようなのでここで本質を説明します。
PMBOK7とは
PMBOKは「Project Management Body of Knowledge」の略で、「ピンボック」と読みます。
アメリカの非営利団体PMIが1996年に初版を発行してから約4年の間隔で改訂されており、2021年に最新版として発行されたのが第7版「PMBOK 7」です。その前の第6版とは大きく内容が変わったことでプロジェクトマネジメント界隈で話題になりました。
内容が変わったのは、PMBOKの重視する対象が変わったためです。第6版ではプロジェクトのゴールをQCDの達成としていましたが、第7版では価値の提供としています。それに伴い全体的な内容も大きく変わり、ウォーターフォール型の考え方からアジャイル型の考え方にシフトしたとも言えます。また、ページ数も800ページ弱から400ページ弱に減りました(日本語版)。
次項からこれらの変更内容について詳しくご紹介していきます。
なおPMBOKについての詳しい説明は以下の記事にもまとめていますので、ぜひ併せてご覧ください。
PMBOKとは?内容や目的、活用メリットなど基本を徹底解説
PMBOK6とPMBOK7との違い
下図は、PMI日本支部発行の「PMBOKガイド第7版」の図を少しアレンジしたものです。第6版と第7版を比較すると、第6版の前半「プロジェクトマネジメント知識体系ガイド」が第7版の後半に移り、第6版の後半「プロジェクトマネジメント標準」が第7版の全般に移っています。
図:PMBOK6とPMBOK7のコンテンツ
出典:PMI日本支部「PMBOKガイド第7版」をもとに編集
ただし、単に位置をテレコにしただけでなく、第6版の「10の知識エリア」が第7版では「8のパフォーマンス領域」に変わり、第6版の「5つのプロセス」が第7版では「12の原理・原則」に置き換わっています。
この表面だけ見て、知識エリアがパフォーマンス領域に、プロセスが原理・原則に変わったとするのは早計です。変に2つのタイトルを前後だけ変えて流用したから誤解されるのであって、そもそも書籍に含むコンテンツの性質ががらりと変わっているのです。これを一言でいえば、第6版までは「ハウツー本」だったのが、第7版では「バイブル(聖書)」です。PMBOK7を理解するには、この性質の違いを頭に入れておく必要があります。
PMBOK7の5つのポイント
第7版を読み解くには、大きく5つのポイントがあります。以下、順に説明しましょう
ポイント1.視野を広げる
もともとPMBOKは「プロジェクト」をマネジメント対象として作られました。しかし、PMBOK7では単なるプロジェクトだけでなく、複数のプロジェクトを統括して管理するプログラムマネジメントに視野を広げ、さらに経営資源の最適分配を行うプロダクトポートフォリオマネジメント(PPT)まで対象を広げています。
そうなるとマネジメントによる成果は、単なるプロジェクトの成功ではとどまらなくなります。そこでアジャイル憲章と同じように次のような「価値」を成果とし、ポートフォリオマネジメント、プログラムマネジメント、プロジェクトマネジメント、定常業務を価値実現システムとして定義しています。
図:価値実現システム
ポイント2.さまざまな要素を対象とする
視野をプロジェクトからポートフォリオマネジメントにまで広げると、関連する要素も大きく広がります。従来は10の知識エリアを対象にすれば事足りたことが、上記のような価値を考えるのにそれだけでは不十分です。そこでPMBOK7では、組織や職務、内部環境、外部環境など、さまざまな要素を考えなければならない対象として掲げています。
図:内部環境と外部環境の例
ポイント3.「原理・原則」を持つ
アジャイルソフトウェア開発宣言(Manifesto)では、最初に4つの価値と12の原則を掲げています。
アジャイル宣言の4つの価値 |
|
プロセスやツールよりも個人と対話を、 価値とする。 |
アジャイル宣言の12の原則 |
|
1 |
顧客満足を最優先し、価値のあるソフトウェアを早く継続的に提供します。 |
2 |
要求の変更はたとえ開発の後期であっても歓迎します。変化を味方につけることによって、お客様の競争力を引き上げます。 |
3 |
動くソフトウェアを、2-3週間から2-3ヶ月というできるだけ短い時間間隔でリリースします |
4 |
ビジネス側の人と開発者は、プロジェクトを通して日々一緒に働かなければなりません |
5 |
意欲に満ちた人々を集めてプロジェクトを構成します。環境と支援を与え仕事が無事終わるまで彼らを信頼します。 |
6 |
情報を伝えるもっとも効率的で効果的な方法はフェイス・トゥ・フェイスで話をすることです。 |
7 |
動くソフトウェアこそが進捗の最も重要な尺度です。 |
8 |
アジャイル・プロセスは持続可能な開発を促進します。一定のペースを継続的に維持できるようにしなければなりません。 |
9 |
技術的卓越性と優れた設計に対する不断の注意が機敏さを高めます。 |
10 |
シンプルさ(ムダなく作れる量を最大限にすること)が本質です。 |
11 |
最良のアーキテクチャ・要求・設計は、自己組織的なチームから生み出されます。 |
12 |
チームがもっと効率を高めることができるかを定期的に振り返り、それに基づいて自分たちのやり方を最適に調整します。 |
PMBOK7は、この様式を採用しています。すなわち、最初に上記のような価値を考えることが大切と宣言し、具体的な行動指針として12の原理・原則(プリンシプル)を掲げています。PMBOK6までは具体的なプロセスや成果物を定義したハウツー本だったのですが、PMBOK7は聖書(バイブル)になったのです。
大きくコンテンツを変えた背景には、PMBOKの対象が大きく広がり、開発アプローチなども多様化したため、もはや書物でこれらのハウツーを書ききれなくなったことがあります。だったらアジャイル憲章と同じく”方針”や”考え方”をコンテンツにしようと180度方針転換したわけです。
12の原理・原則 |
概要 |
|
1 |
スチュワードシップ |
勤勉で、敬意を払い、面倒見の良いスチュワードであること |
2 |
チーム |
協働的なプロジェクト・チーム環境を構築すること |
3 |
ステークホルダー |
ステークホルダーと効果的に関わること |
4 |
価値 |
価値に焦点を当てること |
5 |
システム思考 |
システムの相互作用を認識し、評価し、対応すること |
6 |
リーダーシップ |
リーダーシップを発揮すること |
7 |
テーラリング(対応) |
状況に応じてテーラリング(対応)すること |
8 |
品質 |
プロセスと成果物に品質を組み込むこと |
9 |
複雑さ |
複雑さに対処すること |
10 |
リスク |
リスク対応を最適化すること |
11 |
適応性と回復力 |
適応力と回復力を持つこと |
12 |
チェンジ(変革) |
想定される未来の状態を達成するために変革できるようにすること |
表:PMBOK7の12の原理・原則
ポイント4.8つのパフォーマンスドメインの観点で考える
PMBOK6までは、10の知識エリアを起点にプロジェクトを考えていました。しかし、PMBOK7では10の知識エリアを水面下にしたため、この代わりに考える観点が必要になりました。
そこで新たに打ち出された概念がパフォーマンスドメイン(活動領域)です。12の行動指針を意識しながら、チームの観点、ステークホルダーの観点というような8つの活動領域を定め、それぞれの観点でどのようなことを考慮しなければならないかを定義しているのです。
図:8つのパフォーマンスドメインの観点で行動指針を定義
出典:PMI日本支部「PMBOKガイド第7版」をもとに編集
ポイント5.デジタルコンテンツプラットフォームを利用する
PMBOK6まで長年にわたって培ったハウツー(Body of Knowledge)はどうなったのでしょうか。実は、これらのナレッジはデジタルコンテンツとして利用する方式に変わりました。
下図は「PMBOKガイド第7版」の図を少しアレンジしたものです。第6版までのナレッジおよび第7版以降で追加されるナレッジはプラクティス(実務慣行)としてデジタルコンテンツ化され、必要に応じて検索・利用するスタイルに変わったのです。
プラクティス(ハウツー)はデジタルコンテンツ化
出典:PMI日本支部「PMBOKガイド第7版」をもとに編集
プラティクスという言葉は、アジャイル開発をやったことがある人は知っているでしょう。アジャイルには実践手法や実務慣行として「テスト駆動開発」や「ペアプログラミング」など数多くのプラクティスというものがあります。PMBOK7は、このスタイルを取り入れ、これまでの知識をベストプラクティス集としてデジタルコンテンツプラットフォームに蓄積して利用する方式としたのです。
PMI Standards + デジタル・コンテンツ・プラットフォーム
デジタルコンテンツは、残念ながら英語しかありませんが、下図のようにアプローチや業界、資料形式を指定して取り出すことができます。例えば、アプローチをAdaptive、業界をConstruction、フォーマットでTemplatesを選ぶと、建設業界向けアジャイル開発のテンプレートが抽出されます。
Approach(開発手法)、Industry(産業)、Format(様式)を指定して
デジタルコンテンツを抽出
なぜ、PMBOK7でこのようなデジタルコンテンツ方式に変えたのでしょうか。背景にはPMBOK7で下図のように対象範囲を大きく拡大し、多様な形態に適用する必要があったからです。
PMBOKの初版は対象がプロジェクトでアプローチはウォーターフォールを意識したものでした。これが第7版で対象をプログラムマネジメント、PPT(プロダクトポートフォリオマネジメント)に拡大し、開発アプローチもアジャイル(Adaptive)やハイブリッドを含めた結果、固定的なBOK(Bodey of Knowledge)ではその多様性を表しきれなくなったからです。上記デジタルコンテンツの抽出条件を見ると、軸はこの2つだけでなく業界という切り口にも対応していることが分かります。
PMBOK7は対象を大きく拡大
まとめ
PMBOK7で大きく変わったポイントをまとめてみましょう。
PMBOKに対する多様化ニーズ
- プロジェクト管理からスタート→プログラムやポートフォリオなど、観点が多様化
- ウォーターフォールからスタート →アジャイルやハイブリッドなど、開発アプローチが多様化
- 10知識エリア×5プロセスに体系化→開発手法や管理単位、業界などにより、体系が多様化
- ITTOを定義 →開発手法や管理単位により、入出力が多様化
PMBOK7の5つのポイント
- プロジェクトだけでなく、プログラムやPPTに対象を広げた
- プロジェクトを取り巻くあらゆる要素(組織、職務、内外環境…)で価値を考えた
- 体系や入出力をデジタルコンテンツとして提供した(合ったものを抽出)
- 代わりに(アジャイル憲章と同じように)原理・原則を含めた
- 知識エリアで考える代わりに、パフォーマンスドメイン(活動領域)ベースで考える
OBPM NeoとPMBOK7
国内で唯一PMBOKに準拠した統合型プロジェクト管理ツール「OBPM Neo」は、PMBOK7の2つの特徴に対応しています。
1.プログラムマネジメントに対応(グループ機能)
OBPM Neoは、複数のプロジェクトを統合管理するプログラムマネジメントにも対応しています。例えばグループガントチャートを使うと、複数プロジェクトのガントチャートをまとめて管理することができます。また、複数プロジェクトをまとめて採算管理したり、要員を管理することもできます。
2.ベストプラクティスを標準化(ドメイン機能)
PMBOK7では、さまざまな業界、アプローチのテンプレートをデジタルコンテンツとして提供しています。これを体現するのがOBPM Neoのドメイン機能です。例えば下図はERPカスタマイズ、ECアジャイル開発、ECウォーターフォール、保守などプロジェクトの性質や開発アプローチに応じてドメインという標準を設定しています。右下の「プロジェクトロール管理」や工程タスク成果物登録」などが各ドメインで用意されるテンプレートです。PMBOKはガイドブックですが、OBPM Neoはツールなので、より実践的なテンプレートとして作成・管理できるようにしているのです。
(株式会社システムインテグレータ 代表取締役社長 梅田弘之)
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