近年、新しいシステムを開発する前にPoC(Proof of Concept)を行う企業が増えています。机上の空論的に考えたアイデアを、スピードを優先するあまり検証せずいきなり開発してしまうと、失敗のリスクが大きく、コストや工数が余計にかかってしまいます。そういった事態を避けるためにも、PoCは新たなシステムやサービスなどを開発するときに不可欠な工程です。
この記事では、PoCの概要や検証内容、進め方、成功ポイントを解説します。企業が取り組んだPoCの事例もご紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
PoC(Proof of Concept)とは
PoCは「Proof of Concept」の略称で、「概念実証」と直訳されます。「ポック」もしくは「ピーオーシー」と読みます。PoCは新たな理念や概念、アイデアなどが実現可能かどうか、期待する効果が得られるかなど実証するために行われます。もともとは多額の投資や技術革新が行われる製造業界や製薬業界、映画業界で始まりました。
IT業界においては、サービスやプロダクトの開発を検討するにあたり、その簡易版を作成して実際の運用環境で検証します。ビジネスとして成功するものであるかどうかを確認してから本格的な開発に移るため、コストを最小限に抑えることができます。
また、近年はデジタル技術の著しい進化に伴い、さまざまな業界で新たなサービスやビジネスモデルが誕生しています。変化が激しい世の中において、競争を勝ち抜くにはPoCの工程が不可欠といえるでしょう。
PoCと「PoV」「PoB」の関係
PoV(Proof of Value)、PoB(Proof of Business)というPoCと似たような用語があります。
PoCがアイデアの実現可能性を検証するものであるのに対し、PoVは「価値実証」と訳され、そもそもその技術やサービスによってどれくらいの価値が得られそうかを検証することです。
また、PoBは「ビジネス実証」と訳され、新商品やサービスといった新たな事業が、ビジネスとしてどれくらい持続可能かどうかを検証するプロセスのことを指します。
PoCと比較して、PoVおよびPoBは、より具体的なビジネス成果や顧客に対するメリットに着目します。
つまり、PoCは技術の実現可能性を確認する段階、PoVはその技術が実際にどのくらいの価値をもたらすかを検証し、PoBは最終的にビジネスとして成立するかを確認する段階です。これらの3つの概念は、企業が新しい技術やサービスを導入する際に、段階的に進めるべきプロセスとして考えることができます。
PoCと関連用語との違い
実証実験との違い
PoCは概念実証と訳されますが、実証実験と呼ばれることもあります。概念実証と実証実験には、明確な線引きがないため、概念実証と実証実験の違いがわかりにくく感じるかもしれません。しかし、PoCはサービスやプロダクトを展開して目的を達成できるかどうかを検証するものなので、現状の問題点を検証するために行う実証実験とは目的が異なります。
とはいえ、PoCの過程で課題や問題点が見つかることもあるため、同義語と考えてもほとんど問題ないでしょう。実際のところ、ほぼ同じ意味として使われることが多くなっています。
プロトタイプとの違い
PoCと似ているものとして、プロトタイプも挙げられます。プロトタイプは、いわゆる試作品で、ブラッシュアップしながら製品やサービスの完成品に近づけていくためのものです。
PoCもプロトタイプのひとつともいえますがが、PoCは製品の完成図を作る前に実現可能性を確かめる検証を行うことに対して、プロトタイプは一定の要件を満たして実現可能とわかった完成図をもとに作る点に違いがあります。
したがって、流れとしてはPoCを行って実現できるかどうか検証をした後に、プロトタイプを製作することになるのです。
PoCを実施している業界
PoCはIT業界を中心にさまざまな業界で行われています。
例えばIT業界において、新技術や新しいシステムの導入を検討する際などによく行われます。特に新技術を用いたサービスなどをいきなり本番環境に導入してしまうと、期待通りの効果が得られなかったり既存環境に悪影響を与えてしまったりといった可能性があります。そのため仮想環境などを用意してどのような効果が得られるかなどの検証を行います。
IT業界以外に目を向けると、医療業界でもPoCは実施されています。医療業界でいうPoCとは、新薬が期待する効能を発揮するのかを実証する試験のことです。人や動物に投与した後の有効性を確認し、認められてから量産を開始します。期待していた効果が出た際は「PoCを取得した」と表現します。通常、新薬の開発には、9〜17年程度の時間をかけて検証することになります。
研究開発の分野においてもPoCが行われています。特に予算獲得のためにPoCを行うことが多いです。研究開発には多額のコストがかかるため、実現の可能性を示すことが予算の獲得につながります。特にバイオテクノロジーなどの最先端の技術開発においては、PoCを行って効果を示して予算を獲得し、実現に向かっていくことが多いようです。
このように、PoCは各業界で取り入れられており、それぞれの目的に合わせて活用されています。
PoCの需要が高まっている理由
PoCを実施する企業が増えている背景には、IT投資の増大があります。
従来、企業がITに投資する主な目的は既存業務の効率化などでしたが、近年は技術の発展によりIT活用の範囲が広がっています。サービスの種類や活用シーンも増えて、新規顧客の獲得やサービスの品質向上など幅広く活用されるようになりました。さらに直近ではDXの推進が急速に進むなか、PoCはDXの成功を左右するものとしても認識されています。
しかし、プロジェクトの規模が大きければ大きいほど莫大な予算が必要となります。同時に成功のリターンは大きくなりますが、失敗のリスクも非常に高くなります。そこで新規性の高いプロジェクトで大きな損失が発生しないよう、まずはプロジェクトの実現可能性を評価するためにPoCを実施する企業が増えているのです。
PoCを行う効果やメリット
ではPoCを実施するメリットには具体的にどんなものがあるのでしょうか。ここではPoCのメリットを4つご紹介します。
メリット①コストの削減
新しい事業やプロジェクトを立ち上げる際、PoCによって実現可能性を評価することで、開発にかかる費用を削減できる点が1つ目のメリットです。
例えば新しい製品を開発する際には通常多額のコストがかかります。費用と工数を費やして開発しても不要な機能があったり、方向性の変更が必要になって開発しなおしたりと、無駄なコストが発生するケースは少なくありません。
PoCは規模こそ小さいものの実際の運用に近い環境で検証を行うため、事業失敗による損失を回避できるだけでなく、実現可能性が低いと評価された場合にも開発コストを抑えることができます。開発コストを削減できれば、製品の価格を抑えることによる競争力の強化や、より早い利益回収にもつながるでしょう。
業務改善や生産性向上のためのITツール導入においても、検証しないまま運用を始めて期待した効果が得られなかったり利用を停止する羽目になったりと、投資が無駄になるリスクを抑制することができます。
メリット②意思決定の円滑化
2つ目のメリットは円滑な意思決定が可能になる点です。
ビジネス上の意思決定においては投資対効果を示すことが重要になります。PoCを実施することで十分な効果や成果が見込めることがわかれば、意思決定や投資の明確な判断材料になります。逆に十分な投資対効果が期待できないことがわかれば、早期に方向転換して新しいプロジェクトなどに注力することができます。
市場環境の変化が加速し、競争が激化する現代において、迅速な意思決定は事業や企業の存続にも関わる重要な要素です。無駄なコストや工数をかけずに成果が見込める事業やプロジェクトかどうか判断するためにもPoCは有効な手段となります。
メリット③新規プロジェクトのリスク抑制
前述したように、新しい事業やプロジェクトを立ち上げる際には常に失敗や損失のリスクが伴います。そこで多額の投資をする前に実現可能性を判断することによってリスクマネジメントができる点もPoCを実施するメリットです。
また、新規事業を立ち上げる際には市場規模やニーズについて調査し、有用性を評価する必要があります。検証時にテストマーケティングなどを実施することで期待する投資対効果が得られるか確認できるでしょう。
メリット④新規プロジェクトへの支援獲得
新しい事業やプロジェクトを立ち上げるためには、事業投資や資金援助を獲得する必要があります。その際、経営者や投資家は実現可能性や投資対効果を判断材料にします。
PoCを実施して実現可能性の高さなどを示すことができれば、事業や製品に対して高い評価を得ることができ、支援や投資、業務提携のチャンスを獲得しやすくなるでしょう。
また、DXの推進にあたっては予算の獲得だけでなく社内の理解を得ることも重要になります。キーパーソンとなる関係者を巻き込むことができなければDX推進が失敗する可能性は高くなります。検証結果で効果を見込めることを示すことで周囲の理解を得やすくなる点もPoC実施のメリットです。
PoCの実施における課題やデメリット
PoCはコストや工数を抑えてプロジェクトや製品の実現可能性を評価できるメリットがありますが、実施を重ねることで逆にコストが増大しないよう注意する必要があります。
成果だけを追ってPoCを繰り返すうちに本来の目的を見失ってしまう恐れもあるため、あらかじめPoCを実施する目的を明確することが重要です。
なお、何度実施しても成果が出ずに費用だけが増大して先に進めない状態を「PoC疲れ」や「PoC貧乏」といいます。そういった状態に陥らないよう、検証の規模や回数に制限を設けるなど対策するとよいでしょう。
PoCで検証する内容
ここからは、PoCで検証する内容を具体的にご紹介します。費用対効果、技術的な実現性、具体性の3点をそれぞれ詳しく見ていきましょう。
費用対効果
企業の経営で最も重要なもののひとつが費用対効果です。どんなに素晴らしいアイデアや構想だとしても、実現しなければ開発費用が無駄になってしまいます。PoCでは実際の現場にできるだけ近い環境で検証をするため、実現後にどれだけの効果を得られるのかがわかります。
たとえば、小売業を展開する企業が人手不足の解消や人件費の削減を目的に無人店舗の構想を立てたとしましょう。このときに、レジの自動化や入店・退店のシステムを導入することで、どれだけの費用対効果があるのかをPoCで検証します。
もちろん、PoCの前段階において机上で費用対効果を検討することも大事です。本格的な開発に入る前に費用対効果の検証を行うことで、仮に実現できないことがわかったとしても、損失を最小限に抑えられます。
実現不可能と判断できれば早期に開発を撤退して、新たなプロダクトの検討などにリソースを充当できるでしょう。
技術的な実現性
新たなサービスやプロダクトを展開するにあたり、技術的な実現性は誰もが気になるところです。要件定義を入念に行って企画を練ったとしても、実際に動かさないとわからないことがあります。特に大掛かりなプロジェクトとなれば、想定できないリスクや失敗も増えてくるものです。
この場合も、PoCを行うと実際の環境で試して実現性を測ることが可能となります。ノウハウがないとわかりにくい部分もあるため、PoCを進める前段階から技術者を含めてプロジェクトを進める必要があるでしょう。
なお、PoCにより技術的な実現性が難しいと判断されたものであっても、検証の結果を今後の展開に活かせる場合があります。将来、「あのときの技術が使える」という場面が訪れるかもしれません。PoCはその場限りの判断材料にとどまらず、将来的に活かせる点もメリットです。
具体性
PoCにおける具体性の検証とは、システムを実際に使うときに何が必要かを見極めることです。
たとえばデータ分析のシステムを導入する場合、画面上にさまざまなボタンを配置して使い勝手を確認していきます。このような具体性の検証は、費用対効果や技術の実現性が担保できてから実施します。
さらに、ここまでご紹介した3つの項目を検証するときは、導入を検討している現場の人々を巻き込むことがポイントです。現場から離れた人によってPoCを進めてしまうと、実状とかけ離れたサービスやシステムの導入になってしまいます。
PoCを実施するステップ
ここからは、PoCを実施するステップをご説明します。各ステップで何を行うのか理解していきましょう。
1.PoCの目的を明確にする
まずはPoCの目的を明確にします。「なぜPoCを行うのか」「PoCでどのようなデータが欲しいのか」などをしっかりと決めましょう。目的が定まっていないと、PoCを実施しても検証結果を有効活用できません。
たとえば「業務効率化のためにAIを導入したい」と考えたならば、業務時間や配置人員をどの程度削減したいのか、繁忙期にどれだけの効果を得たいのかなど、具体的な目標を数値化してみましょう。
2.PoCの方法を決定する
次はPoCの検証方法を決めます。PoCの目的が明確になると、必要なデータなどが分かってきます。この工程で重要なことは、現場の人々の目線で情報を集めることです。
「AIを導入して業務を効率化したい」という目的ならば、必ずその現場の担当者の声も取り入れて、どのようなシステムを入れるかを具体的に決めていきましょう。
3.試作化する
次はいよいよPoC用のシステムを作る工程です。PoCのシステムは最小限の内容で構築します。たとえばAIで業務効率化を目指したい場合は、いきなり新しいシステムを試作するのではなく、導入する部署のシステムの一部に加えてみるなど、小さな試作から構築してみましょう。
この試作するシステムは「プロトタイプ」と呼ばれることもありますが、プロトタイプは実現を前提に、改良を重ねながら完成を目指していくプロセスにおいて作られるものです。PoCでの試作はあくまで検証を目的とした検証のためのシステムとなるため、厳密にはプロトタイプとは異なります。
4.検証する
PoC用のシステムができたら検証に移ります。システムなどを小規模に導入する場合であっても、すべての利用対象者に試してもらって検証することが望ましいです。対象者から意見を吸い上げることで、客観的で精度の高い検証ができます。
5.結果を評価する
最後にPoCの結果を評価します。感情を切り離して厳しく評価することが重要です。検証した際のデータを参考に、実用性やリスク、利用者や投資家からの評価を見ていきましょう。
良い結果が出れば本格的な開発に進んでいきます。ただし、ネガティブな評価となった場合は見つかった課題を次の検証に活かすことが大事です。検証で寄せられたリアルな声を真摯に受け止めましょう。
PoCを成功させるポイント
ここでは、PoCを成功させるための4つのポイントをご紹介します。
実際の環境で検証を行う
すでに説明したように、PoCを行うときは実際の環境で検証することがポイントです。実際の環境で検証できない場合は、それに近い条件のなかでPoCを行ってください。本番の環境で検証しなければ、精度の高いデータは得られません。
まずは小規模で行う
PoCを行う場合は、できるだけ小規模から始めましょう。規模を大きくするとその分コストがかさみ、失敗したときの損失が増えてしまいます。また、大規模に行うと、何が目的であったのか不明瞭になりがちです。小規模でスピーディーに行うことが、時間とコストを抑えるポイントです。
結果をもとにPDCAを回す
PoCを行うと良い結果だけではなく、問題点や課題が見つかることもあります。問題点や課題が出ることで不安になる必要はありません。ネガティブな検証結果は、本格的な開発を行う前に課題を洗い出してくれる有益なものとして捉えてみてください。
PoCは、リスクを抑えながらPDCAサイクルを回して次につなげることができる重要な工程です。失敗で得た情報を次に活かせれば、有効性が高まります。
PoCの目的化に注意
PoCが目的化してしまうと、当初決めたゴールの意義が薄れてしまいます。あくまでもPoCは「目的達成のための手段」と理解しておくべきです。目的はシステムやサービスなどが実現できるかどうかであり、PoCの実施ではありません。
手段が目的化してしまっていないか確かめるためにも、定期的にPoCの目的を再確認することをおすすめします。
IT業界におけるPoCの事例
最後にIT業界におけるPoCの事例をご紹介します。それぞれの企業がどのようなPoCを行ったのか見ていきましょう。
東芝テックの事例
東芝テックは、AIとIoTを活用した無人店舗のPoCを行いました。
オーバルコート大崎マークイースト事業所内売店で、東芝テックの社員を対象として行われた実証実験です。
店舗運営の省人化や無人化を目的とし、スマートフォンやタブレットを利用したセルフレジ、センサーやカメラを利用したウォークスルー決済などの実験を行いました。また、セキュリティ面ではAIを活用し、不正な行動の検知などの実験も併せて行っています。
今後加速すると思われる少子化、人手不足の解決と、利用者が快適に買い物をできる環境を実現するため、実用化を目指すとしています。
参考:https://www.toshibatec.co.jp/release/20190822_01.html
オプティマインドの事例
オプティマインドは、物流業界のドライバー不足の解消のためにドライバーのサポートと業務フローの脱属人化につながるサービスを企画しました。
短期間でベータ版のアプリを開発し、実証実験の実施~ドライバーの評価をもとに改善を繰り返しました。当初想定していた最適な配送ルート算出機能に追加し、実際の検証結果をもとにしたUXの実現や現状に合わせた配送ルートの再計算機能なども追加し、最終的には半年という短期間でネイティブアプリを完成させています。
参考:https://monstar-lab.com/dx/portfolio/case_optimind/
富士通の事例
富士通は北海道の3市6町で、IoTによって人の流れを可視化するPoCを実施しました。
街中にWi-Fiパケットセンサーを設置して、スマートフォン用の固定IDを匿名で収集してグラフ化することで、人流や混雑状況、移動ルートなどを分析しました。
今後は収集したデータをもとに観光施策や各種事業の効果検証に活かす予定としています。
参考:https://pr.fujitsu.com/jp/news/2019/12/10.html
まとめ
PoCはプロジェクトの不確定要素を減らすために重要なプロセスです。そもそも実現ができるのか、導入した後に本当に効果が得られるのかなどを、本格的な開発を始める前に検証します。
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