日本では人手不足や働き方改革などにより、企業を取り巻く環境は大きく変化しているのが現状です。変化の中で「人的資本経営」と呼ばれる経営手法が注目を集めています。経営資源(ヒト・モノ・カネ)を人材に投資し、企業価値を向上させることが今後ますます重要になるでしょう。その際、ERP(経営資源を一元管理し有効活用する考え方・システム)を取り入れると効果的です。
この記事では、人的資本経営が注目される背景や取り組むメリット、また取り組む際の手順やポイントなどを解説します。
人的資本経営とは
人的資本経営は、企業における人材を「資本(利益や価値を生み出す存在)」とみなし、パフォーマンスを最大限に引き出すことによって、持続的な企業価値の向上を図る経営手法です。
日本の従来の企業経営における考え方では、人材を「資源(ヒト・モノ・カネなど消費するもの)」と捉えていました。つまり、できるだけ人材にコストをかけず効率的に運営することが前提となっていたのです。
人的資本経営では、こうした従来の考え方を見直し、資本としての人材にコストや時間をかけ投資することで、企業価値の向上を図ります。
人的資本経営が注目される背景
近年日本では、さまざまな社会的背景の変化により、企業経営に求められる視点が変化してきました。ここでは、人的資本経営が注目されるようになった背景を3つ紹介します。
ESG投資への注目
ESGとは「環境(Environment)」「社会(Social)」「企業統治(Governance)」の略称であり、ESG投資は3つの要素を重視して投資先を選ぶ投資方法です。
ESGを重視した経営を行う企業が増えてきた背景には、サステナビリティを意識した経営活動が求められていることが挙げられます。サステナビリティとは、環境・社会・経済・健康などが将来に渡って続いていくことを目指す考え方です。また、ESGの3要素のうち、「社会」と「企業統治」には人的資本が関連するため、人的資本経営にも注目する企業が増えてきています。
なお、企業経営におけるサステナビリティの考え方については、以下の記事で詳しく解説していますので併せてご覧ください。
SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)解説|必要性やDXとの違い
人材や働き方の多様化
近年、日本では少子高齢化に伴い人材不足が続いています。また、「政府による働き方改革の推進」や「時短勤務や在宅勤務といった働き方の多様化」により、企業を取り巻く労働環境は大きく変化しました。
しかし、従来の人材管理ではこのような働き方の変化には対応できません。そこで、人材不足を補うために「外国人労働者」や「シニア世代」を採用したり、働き方の多様化に対応するため「時短勤務」や「リモートワーク」などの勤務形態を取り入れたりする必要があるのです。こうした背景から、企業は人材不足や多様な働き方に対応するため、従業員のパフォーマンスを引き出す人的資本経営に注目しています。
人的資本価値の向上
近年、企業価値を高めるため、デジタル技術で業務やビジネスモデルを変革する取り組みが推進されており、この取り組みをDX(デジタルトランスフォーメーション)といいます。これまで従業員の手によって行われていた作業は、デジタル化により不要となりました。
しかし、DXは定型業務をこなせても、革新的なイノベーションを生み出すといったクリエイティブな活動は期待できないという特徴があります。例えば、データ入力などはこなせても、新商品の提案などはできません。また、DXを管理する専門的な人材が不足しているのが現状です。そのため、人材不足で市場競争が激しい現代において、新たな付加価値を創造できる人材が求められています。同時に、今後ますますDXを担う人材や、新たな価値創造ができる優秀な人材は不足していくでしょう。そこで、人的資本経営により従業員のスキル向上を目指し、人的資本価値を向上させることが重要です。
人的資本経営に取り組むメリット
人的資本経営にはどんなメリットが期待できるのでしょうか。ここでは、企業が人的資本経営に取り組んだ際に得られる効果を3つ紹介します。
生産性の向上
人的資本経営では、従業員に対し「教育による能力開発」「働きやすい環境整備」といった投資が行われます。これは、従業員の知識や技術の促進、業務における生産性の向上に効果的です。また、生産性の向上により企業全体としての利益向上も実現できるため、その利益を人的資本に再投資すれば、より従業員の成長が促され、企業の収益が上がるという好循環が生まれます。
従業員エンゲージメントの向上
従業員エンゲージメントとは、従業員が所属する会社の理念や方向性に共感し、「会社に貢献したい」という自発的な意欲をいいます。人的資本経営では、従業員に以下のような投資をすることで、従業員エンゲージメントの向上が期待できます。
- 経営層から従業員に向けた積極的な発信や対話
- 従業員の共感を得やすい経営理念や経営戦略の構築
- 働きやすい就業環境の整備
- 多様なキャリアパスの整備
人的資本経営の取り組みにより、従業員エンゲージメントが向上すれば、従業員はやりがいを感じ業務へ主体的に取り組むようになるでしょう。その結果、業績は向上し経営戦略の実現につながります。
企業イメージの向上
企業が従業員の育成に注力し、就業環境やキャリアなどの面を大切にしていると、顧客や取引先に対してイメージアップが可能となります。また、企業イメージが向上すると入社希望者の増加も期待できるため、優秀な人材の確保もしやすくなるでしょう。企業イメージの向上は、優秀な人材の確保により企業競争力の強化にも効果を発揮します。
日本における人的資本経営への取り組み
日本における人的資本経営の取り組みは、2020年9月に経済産業省がまとめた「人材版伊藤レポート」の発表から始まりました。ここでは、日本における人的資本経営への取り組みを解説します。
人材版伊藤レポートとは
「人材版伊藤レポート」とは、2020年9月に経済産業省により公表された「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」による報告書のことです。報告書の中では、企業が持続的な価値を高めるために、経営戦略に連動した人材戦略をどう実践していくかがまとめられており、人的資本経営の重要性が強調されています。
また、2022年5月には人材版伊藤レポートの内容をさらに掘り下げた「人材版伊藤レポート2.0」が公表されました。この報告書では「実践事例集」が追加され、人的資本経営を行う際のポイントとして「3つの視点」と「5つの共通要素」を示しています。それぞれについては、以下で詳しく解説します。
人材戦略に必要な3つの視点
人材版伊藤レポートにおいて、人材戦略では3つの視点が必要とされています。
経営戦略と人材戦略の連動
人的資本経営では、「経営戦略」と「人材戦略」を連動させて考えます。そのため、人材戦略を考える際も、経営陣が主体となり経営戦略との関わりを考慮しながら、必要な人材戦略を検討することが重要です。
As is-To beギャップの定量把握
現状(As is)と理想(To be)のギャップを定量的に把握することも、「経営戦略」と「人材戦略」の連動に欠かせません。現状と理想の間のギャップを定量化できれば、ギャップを生み出している原因や課題を抽出できるからです。例えば、工場における製品の製造において、理想とする生産性に現状が追いついていない場合、製造工程のどこかに原因や課題があるといえます。原因と課題が明確になると、どのような人事戦略を行えば課題を解決できるかが分かるため、現状と理想のギャップを軽減でき、経営戦略の実現に近づくでしょう。
企業文化への定着
企業文化とは、企業と従業員間で共有されている「価値観」や「行動規範」をいいます。人事戦略においては、実行した結果「企業文化として定着するか」という視点が大切です。経営理念や経営目標を掲げたり、経営陣や管理職が従業員とコミュニケーションを取ったりなど、時間をかけて企業文化を定着させていく必要があります。
人材戦略に必要な5つの要素
続いて、人材戦略に必要な5つの要素を解説します。
動的な人材ポートフォリオ
人材ポートフォリオとは、人材を構成するスキル・経験・在籍部署・在籍期間といった内容を示すものです。また、関連する言葉として挙げられる動的な人材ポートフォリオは、常時更新される人材ポートフォリオを可視化できる状態を指します。動的な人材ポートフォリオを作成すれば、常に最新の人材情報を活用できるため、経営戦略に必要とされるスキルや経験を持った人材の配置が可能です。
知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
知・経験のダイバーシティ&インクルージョンとは、多様な価値観や経験、考え方を受け入れることで、新たな価値創出が可能になるという考え方です。顧客ニーズの多様化が進む現代において、重要な要素といえます。
リスキル・学び直し
さまざまな顧客ニーズに対応するには、従業員が新しいスキルを習得したり、学び直したりすることが重要です。そのため、人的資本経営では従業員がスキルの習得や学び直しができる体制作りが求められています。
従業員エンゲージメント
従業員が所属する企業の理念や方向性に共感すれば、仕事にやりがいを感じ、主体的に業務へ取り組めるでしょう。そのため、従業員エンゲージメントが高まるよう環境を整備・提供することも人的資本経営において欠かせません。
時間や場所にとらわれない働き方
近年では、働き方改革の推進によって多様な働き方が求められており、企業は時短勤務や在宅勤務など、「時間や場所にとらわれない働き方」に対応する必要があるでしょう。人的資本経営では、従業員がさまざまな働き方を選択できるよう、「社内コミュニケーションの取り方」や「業務プロセス」の見直しが必要となります。
人的資本経営における情報開示
「人的資本の情報開示」も、人的資本経営における重要な取り組みの一つです。日本では、2022年8月に内閣官房より、人的資本を開示する際のガイドラインである「人的資本可視化指針」が公表されています。また、2022年11月には金融庁の「企業内容等の開示に関する内閣府令」などといった改正案の公表によって、2023年3月期における有価証券報告書から「人的資本に関する戦略と指標及び目標」の開示が求められるようになりました。
具体的に開示する内容としては、「人材育成方針」や「社内環境整備方針」などに加えて、「女性管理職比率」や「男性の育児休業取得率」なども挙げられます。
海外における人的資本経営への取り組み
海外では、2018年に「人的資本の情報開示のガイドライン」として「ISO30414」を発表しており、人材マネジメントにおける11の領域を対象に58の測定基準が示されました。その後、2020年8月には米国証券取引委員会(SEC)によって米国内における上場企業を対象に、人的資本の情報開示が義務化されています。また、2023年1月にはEUで「CSRD(サステナビリティ開示に関する法令)」が改定されたことを機に、現在では人的資本の領域において「ジェンダー平等」「賃金」「訓練」「スキル開発」などに関する情報開示が求められています。
人的資本経営に取り組む方法・手順
人的資本経営で十分な効果を得るには、適切な方法と手順で行わなければなりません。ここでは、人的資本経営に取り組む際の方法や手順を解説します。以下の4つの手順を継続的に回していけば、効果的に取り組めるでしょう。
人材戦略を経営戦略に紐づける
まずは、経営戦略と連動した人事戦略を策定します。例えば、経営戦略としてDXの推進が挙げられている場合、人事戦略として「デジタル人材の採用・育成」を採用するでしょう。そのためには、経営層と人事部門の間で認識をすり合わせ、お互いの考えを十分に理解した上で「企業としてどのような姿を目指すか」について明確にする必要があります。経営層と人事部門で共通認識がなければ、十分な効果は得られません。
KPIを設定する
経営戦略と連動した人材戦略を策定したら、KPIを設定します。KPIとは、目標達成までのプロセスにおいて、達成度合を計測するために設定する定量的な指標です。KPIの設定では、以下の3つの視点を持ちましょう。
(1)未来思考
未来思考とは、過去の出来事を振り返りながら、現状を認識し未来を語ることです。KPIを設定する際は、未来における自社の目指す姿を示しながらも、過去や現状の能力(売上や技術力)を認識し戦略を実行できるものにします。
(2)経営戦略との整合性
経営戦略との連動性を意識し、部分最適にならないようにします。部分最適とは、特定の問題に対し一部のみが最適化されている状態のことです。
(3)自社らしさ
他社との比較ができる共通項目に加え、「自社らしさ」を表現する独自性を組み入れます。
上記3つの視点を取り入れることで、ステークホルダー(企業における利害関係者)に対し、自社の姿を魅力的に伝えられるでしょう。なお、必ずしもすべての施策に定量的なKPIを設定する必要はありません。無理にKPIを定量化しないよう注意しましょう。
施策の考案と実行
KPIを設定した後は、KPI達成のための施策を考案し、実行に移す段階へ移ります。「自社が目指す姿」に近づくには何をすべきなのか、必要な施策を考案します。優先度の高いKPIから、順番に取り組んでいきましょう。施策としては「教育投資」「待遇改善」「採用」などが挙げられます。いずれの施策も、人材に対する「投資」と捉えることが大切です。
効果検証と改善
施策は実行して終わりではありません。必ず実施した施策に対して、効果検証と改善を行うようにしましょう。また、効果検証を行う際は、以下の2つの方法を利用することをおすすめします。
人事データの整理
「社内研修の受講率」や「残業時間」など数値で分かる項目を調べたい場合は、システムを活用して人事データを整理すれば検証できます。
エンゲージメントサーベイの実施
エンゲージメントサーベイとは、従業員のエンゲージメント(会社に対する愛着心)を定量化する調査のことです。「給与や福利厚生」「労働環境に対する満足度」など数値で測れない項目は、エンゲージメントサーベイで検証すると良いでしょう。
なお、人的資本には定量化が難しい項目もあります。定量化が難しい項目の評価は、実行したプロセスの妥当性やクオリティなどを軸に議論しましょう。
また、検証で抽出された成果と課題はしっかりと分析し、課題は次のKPI設定を行う際に改善します。人的資本経営は短期的に終わらせるのではなく、中長期的に取り組むことが大切です。
人的資本経営に取り組む際のポイント
人的資本経営は、中長期的に実施する経営手法であり、十分な効果を得るには時間がかかります。そのため、ポイントを押さえて実施しなければ、軸がブレてしまい目的を達成できないでしょう。ここでは、人的資本経営に取り組む際のポイントを3つ解説します。
本来の目的を見失わない
人的資本経営の本来の目的は「持続的な企業の成長」です。しかし、目先の企業イメージの向上を求めるがゆえに、人的資本の情報開示そのものが目的になってしまうケースは少なくありません。情報だけ開示しても、実際に取り組んで企業の成長につながっていなければ意味がないため、なぜ人的資本経営を行うのか、本来の目的を見失わないようにしましょう。
自社が目指す姿を見失わない
人的資本経営では、「自社が目指す姿」を目指し取り組みを行っていきます。しかし、場合によっては自社の状況の変化をはじめ、経営戦略と人事戦略の間に隔たりが生じることもあるでしょう。そうした場合であっても、「自社の目指す姿」を見失わず、経営戦略と人材戦略の紐づけを徹底することが大切です。
情報を一元管理する
従業員一人ひとりについて、どんな知識やスキルなどを保有しているか、情報を一元管理することもポイントです。従来の経営では、従業員が持つスキルや適性を起点に仕事内容やポジションを決定する「適材適所」による人材管理が行われていました。しかし、人的資本経営では組織が目標を達成するにはどのような機能や役割が必要かあらかじめ決定し、その役割に対して人材を配置する「適所適材」の考え方により運営が行われます。この「適所適材」を実現するには、従業員の情報の一元管理が不可欠です。そのため、人事情報をExcelや紙ベースで管理している企業は、デジタル化といった情報の一元化を進めていく必要があります。
バックオフィス業務改善ならシステムインテグレータ
多くの企業で人手不足が大きな課題となっていますが、バックオフィス業務にはいまだに属人化した作業やアナログ業務が残っており、企業の成長と発展を阻む大きな壁となっています。
バックオフィスの業務プロセスを最適化することで、コスト削減や属人化の防止だけでなく企業全体の生産性向上にもつながります。
当社はERPをはじめとする情報システムの豊富な導入実績をもとに、お客様一人ひとりのニーズに合わせた最適な改善策を提案します。業務の洗い出しや問題点の整理など、導入前の課題整理からお手伝いさせていただきます。
バックオフィス業務にお悩みをお持ちの方は、お気軽に株式会社システムインテグレータまでご連絡ください。
まとめ
人手不足やDXの推進などにより、高度な知識やスキルを持った人材の価値は高まっています。現在の不透明な時代を生き抜くためには、人材に投資しパフォーマンスを向上させる他、企業価値を高めることが今後ますます求められるでしょう。また、人材に投資を行う際は、経営資源(ヒト・モノ・カネ)が必要です。
そして、形成資源を効率的に管理するには、ERPとよばれる経営資源を一元管理し有効活用する考え方が有効といえます。ERPを取り入れることで経営資源を一元管理できるようになるため、効率的な経営活動につなげられるでしょう。ERPの基本をまとめた資料もありますので、ぜひ参考にしてみてください。
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