「バックキャスティング」は、最近では特にSDGs(持続可能な加発目標)への対応のキーワードとして使われるケースが増えている言葉です。
この記事では、バックキャスティングの意味やメリット・デメリット、フォアキャスティングとの違いを解説します。併せて、具体的な実践方法や事例も紹介します。
バックキャスティングとは
バックキャスティング(Backcasting)とは、未来を起点に解決策を探す思考法のことです。最初に未来のあるべき姿を描き、そこから現在へさかのぼってシナリオを記述し、するべきことを明確にします。現状の課題やこれまでの実績から考えるわけではなく、描きたい未来の定義付けから始まるため、劇的な変化が必要な課題へのアプローチ方法として有効です。
バックキャスティングは1970年代から少しずつ広まった思考法で、本来は環境保護など今まで経験したことのない課題に対応する手法として活用されていました。2000年代になると日本でも環境省などで導入が進み、2015年のSDGs採択以降は課題解決に有効なアプローチとして広く周知されるようになったのです。
最近では企業や事業で導入するケースが増え、不確実性の高いDX(デジタルトランスフォーメーション)推進や組織改革など、正解が存在しない課題やテーマに対するアプローチ手法として注目されています。
なお、DXやSDGsなどとあわせて、ESG(Environment=環境/Social=社会/Governance=ガバナンス)も今注目のキーワードになっています。特に機関投資家もESG対策に取り組んでいる企業を評価する傾向にあるため、DX推進と併せて考えるのが良いでしょう。
以下の記事では、DX・ESGに関して詳しく解説しております。ぜひこちらも併せてご確認ください。
SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)解説|必要性やDXとの違い
バックキャスティングのメリット・デメリット
バックキャスティングにはメリットもあれば、デメリットもあります。どちらも理解すれば実際に取り組む際に成功しやすくなるでしょう。ここでは、バックキャスティングのメリット・デメリットを紹介します。
メリット
バックキャスティングは将来を起点に現在の課題について考える手法で、長期的な目標達成をしたい場合に向いています。特に企業の取り組みや社会問題にアプローチする際に最適です。
正解のないテーマにもアプローチできる
未来はあくまで予想することしかできないため、不確実なテーマや「やっかいな問題」が多い現代こそアプローチの仕方として有効です。
新しいアイディアや視点を得やすい
現状や条件などの縛りがなくなると自由な発想がしやすくなり、ポジティブな雰囲気から解決策や戦略がいくつも生み出せます。
複数の選択肢から検討できる
選択肢を1つに絞らないため、目標達成に向けたさまざまな手法や方法の検討が可能です。
組織の変革ができる
従業員自らが目標設定を行うことで、解決に向けた行動を主体的に行う効果が期待できます。
デメリット
一方、バックキャスティングは長期的な視点の場合に有効な思考法であり、短期的な目標達成には向いていません。目先で達成すべき課題がある場合は、後述する「フォアキャスティング」の考え方を活用しましょう。
他にもバックキャスティングは不確実性が高い点に注意が必要です。現実を無視して、無理な予算や計画で施策を実行すれば、ビジョンが実現しないまま終わるリスクが伴います。「絵に描いた餅」で終わらないように、実現したいビジョンをチームで共有するなど工夫しましょう。
バックキャスティングとフォアキャスティングの違い
バックキャスティングとよく似た言葉に「フォアキャスティング」があります。フォアキャスティングとは、現状を起点にして未来を予測する思考法です。現状の課題に向き合いやすく、改善策も講じやすくなります。
バックキャスティングとフォアキャスティングの違いは、「未来を起点にするか」「現在を起点にするか」です。実際は前提となる考え方や視点、アプローチなどの細かな違いもあります。両者の違いは以下の通りです。
バックキャスティング
前提
過去の分析よりも未来の目標達成に向かって取り組む。新しいアイディアの創出を重視。
視点
解決すべき社会的課題や問題に着目する望ましい将来や人間の在り方にスポットを当てる
行動の自由を保障する
アプローチ
目標とする未来を明確化し、その実現に必要な事柄や条件の分析を行う
方法論や技術
主に規範モデルやシステム・ダイナミクスを活用する(部分的に既知の技術的制約を使う)
フォアキャスティング
前提
未来は過去によって規定されているという「因果関係」が前提にあり、科学的証明・正当化を重視している
視点
過去のトレンドに着目し、いかに適応するかに焦点を当てている
アプローチ
感度分析、既知のトレンドから未来を推定する
方法論や技術
数学的アルゴリズム、計量経済学のモデルを活用する
参考:K.H. Dreborg ”Essence of backcasting”
バックキャスティングとフォアキャスティングは表裏一体です。思考法として優劣があるわけではなく、両者の特徴を理解して使い分けることが重要です。
他にもバックキャスティングと近いものには「アウトサイド・イン・アプローチ」という概念があります。アウトサイド・イン・アプローチとは社会課題の解決から事業の在り方を考えるもので、主にSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)推進で用いられる手法です。
SXに関しては、より詳しい説明の記載がある資料をご用意しておりますので、こちらもご確認ください。
SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)解説|必要性やDXとの違い
バックキャスティングの思考を用いた事例
SDGsには、バックキャスティングの思考を用いて作成されたものがいくつかあります。2007年~2009年に発表された「2050日本低炭素社会シナリオ」が代表例です。バックキャスティングへの理解を深めるために、この内容を詳しくご紹介します。
(1)2050年における日本の未来像
2050年までに世界の二酸化炭素排出量を半減させるためには、日本では1990年比でおおよそ6~8割の削減が必要であるとされています。これは「気温上昇許容レベル」「気候感度」「国際分担スキーム」など、いずれも不確実を考慮して算出されたものです。この取り組みでは、2050年までに二酸化炭素排出量を7割削減することを目標にしており、この目標が実現可能か、そして実現するにはどのような施策が効果的か検討しました。
2050年の日本で想定されるシナリオはA・Bの2つです。シナリオAは「活力・成長志向型」で、活発で回転が速く、技術志向の高い会社を想定しています。反対にシナリオBは「ゆとり、足るを知る型」で、ゆったりでスローな自然志向が高い社会の想定です。例えば、需要側の取り組みとエネルギー供給側では、それぞれ下記のような施策が効果的だとされています。
需要側の取り組み
- 産業構造のサービス化
- 建築物の断熱効率の向上
- 省エネ技術の開発や普及
- コンパクトな都市形成による移動手段の変化(徒歩や自転車の利用増)
- 公共交通機関などへの「モーダルシフト」
エネルギー供給側の取り組み
- 安全な原子力発電の維持
- 再生可能エネルギーの導入
以上の施策を含めた方策が順調に進み、特に需要側の取り組みでエネルギー需要を2000年比で約4割の削減ができれば、二酸化炭素排出の7割削減が可能と結論付けられました。両者は前提が異なるため、実際は二酸化炭素排出量の削減量にも差があるものの、それでも選択されている技術の中には共通しているものが多くあります。さまざまな障壁はありますが、技術開発などの条件や取り組みが進めば、2050年の日本の未来像は実現可能なのです。
(2)低炭素社会に向けた12の「方策」
2050年に日本で低炭素社会を実現する姿が想像できたら、次は「どの時期に」「どのような手順で」「どのような技術や社会システム変革を導入すれば良いか」を考えます。
気候変動への対応を後から行う方が良いと考える方もいるでしょう。なぜなら、将来の技術革新などは予測するのが難しいからです。しかし低炭素社会に関しては逆で、早めに対策を立てることが重要です。インフラの設置にはある程度時間がかかり、コストやリソースも必要になります。そこで低酸素社会の実現に向けて、整合性の取れた政策と対策を行うために定められたのが「12の方策」です。
低炭素社会に向けた12の方策
- 快適さを逃さない住まいとオフィス
- トップランナー機器をレンタルする暮らし
- 安心でおいしい旬産旬消型農業
- 森林と共生できる暮らし
- 人と地球に責任を持つ産業・ビジネス
- 滑らかで無駄のないロジスティクス
- 歩いて暮らせる街づくり
- カーボンミニマム系統電力
- 太陽と風の地産地消
- 次世代エネルギー供給
- 「見える化」で賢い選択
- 低炭素社会の担い手づくり
上記の方策は、順序立てた手順で時間をかけて取り組みます。なお、削減にはいくつかの技術的・社会的障壁がある点も認識しておきましょう。
バックキャスティングの実践ステップ
バックキャスティングについて大まかに理解できたら、実践に移ります。ここでは、バックキャスティングの実践ステップを4つの段階に分けて解説します。
ステップ1.「未来のあるべき姿」を明確にする
理想の未来を自由に書き出す工程で、4つのステップの中でも特に重要なステップです。作成時は過去や現在のリソースを一切気にせず、「いつ」「どのような姿」になるのか具体的に記載するよう意識しましょう。この段階で実現可能性を検討する必要はありません。「未来のあるべき姿」を決めた後は、その姿を忘れないことも大切です。しっかりとしたビジョンやゴールを決定したら、次のステップへ移行しましょう。
ステップ2.「課題」および「可能性」を洗い出す
未来のあるべき姿が決まれば、次は現在の視点や自社の視点を取り入れる段階に入ります。この際、課題と可能性の洗い出しはどちらも欠かせません。課題を洗い出す際は資金不足なのか、リソース不足なのか、あるいは時間が足りないのか、できる限り多くの課題を洗い出すことが重要です。可能性を洗い出す際は、自社の可能性だけでなく地域や他者が持っている可能性、パートナーシップを締結することで生まれる可能性など、さまざまな可能性について検討しましょう。
ステップ3.必要なアクションを検討する
ビジョンと課題が決まったら、次は必要なアクションを決定します。アクションを洗い出す際、実現可能性や時間軸を気にする必要はありません。できる限り多くのアクションを列挙することがポイントで、積極的なアウトプットが行える雰囲気作りが大切です。ある程度アクションが出そろったらアクション別に分類し、足りないアクションの検討を行いましょう。特に「SVT」と呼ばれる「System(システム)」「Value(価値観)」「Technology(技術)」の3つへの分類が効果的です。
ステップ4.時間軸への配置を行う
アクションが決まったら、最後に各アクションを時間軸に配置しましょう。この時、SVTに分類できていれば配置がスムーズに行え、整理にもそこまで時間がかかりません。全体像が完成すればこれから実践すべきアクションが明確になり、不足しているアクションも把握できます。
バックキャスティングを実践する際は、シナリオを作成して考える手法も効果的です。バックキャスティング型のシナリオ作成は、「問題設定」「ロジックツリーの構築」「シナリオ全体の構成決定」の3つの手順に分かれます。
- 問題設定
未来のあるべき姿を考えながら、シナリオ作成の目的および目標を決める
- ロジックツリーの構築
シナリオの目標の達成までに起こり得るイベントや出来事、状態を細かく分岐させながら記述し、目標達成までの一連の流れをツリー状に整理する - シナリオ全体の構成決定
ロジックツリーができたら目標達成で重要なイベントをキーイベントとして位置付け、キーイベントごとにストーリーラインの作成を行う
ストーリーラインを作成する際は現在から未来に向けて記述し、ロジックツリーでは表現しきれなかった部分を補足する
以上の3つの手順に沿ってシナリオを作成します。
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まとめ
バックキャスティングとは未来のあるべき姿を起点にして、実現に必要な道筋を考える思考法のことです。正解のない「やっかいな問題」へのアプローチに有効で、他にも新しいアイディアや視点を得やすいなどのメリットがあります。ただし、長期的な目標に適した方法のため、短期的な目標を検討するのには向いていません。短期的な目標について考える際は、現在を起点に考えるフォアキャスティングを使いましょう。バックキャスティングの事例や実践方法を知っていると、導入がよりスムーズに進みます。
バックキャスティングでは既存の制約にとらわれる必要がなく、組織のあるべき姿を考えるのにも最適な手法といえます。ビジネスに劇的な変化をもたらすDX時代において、組織の理想像を考えておくことは不可欠です。企業のDX推進を成功させるには望ましい姿を考えるだけでなく、実際の組織作りまでイメージする必要があります。
- カテゴリ:
- 経営戦略