データ活用の推進に向けて「マスタデータ管理(MDM)」に取り組む企業が増えています。言葉を耳にしたことがあるという方も、具体的にどのようなものを指す、どのような概念なのか分からないという方もいるでしょう。
本稿ではそんなマスタやマスタデータ管理に関する重要性、メリットなどを解説します。
マスタデータ管理(MDM)とは?
「マスタデータ管理(Master Data Management)」とは、マスタデータを分類して一元的に管理し、さまざまな業務システムから統一して参照できるように維持・管理をする人やプロセス、ツールのことです。例えば、継続的な取引がある顧客情報を毎回手書きで記録するのは無駄が多く、また変更があると帳票を探し出して更新する必要があります。しかし、マスタデータを整備しておけば「顧客マスタ」から当該顧客を選択して紐づけるだけで入力が完了します。
単純なことのように思えますが、現在多くの企業では社内に複数のデータベースを保有しています。そのような環境でデータの整合性を確保し、一貫性のあるデータとして管理することは非常に困難です。
しかし、マスタデータの質が良くなることで、意思決定に必要となるさまざまなデータの信頼性が高まります。つまり、企業は「IT環境の簡素化・効率化」という恩恵を受けるので、顧客へ提供する価値を高めることが可能です。
マスタデータ管理はなぜ重要なのか
例えばMDMの中の一つである「商品マスタ」が、各部門の運用ルールに任せて登録されてしまった場合、同じ商品を異なる部門でたくさん販売していても、「商品マスタ」が違うものだと同一の商品と判断するのが難しく、売上実績を正確に集計することは不可能です。
ERPシステムで経営の意思決定スピードを速めようとしていても、マスタ管理がされていないと商品別の売上実績集計すらできなくなってしまいます。その結果、業務の効率化など本来の目的を達成できないだけでなく、データが正確ではないためトラブル発生の原因になる可能性もあるのです。こういった予測可能なトラブルを防ぐためにも、マスタ管理を徹底してデータを一元的に管理し、さまざまな業務システムから統一して参照できるようにする仕組みを作ることは重要だと言えるでしょう。
マスタとは?
マスタとは、マスタデータの略称で、業務を遂行するために必要となる基礎的なデータのことを指します。例えば、出退勤の管理をシステム上で行う際、事前に社員のデータが入っていないと社員証を使って出勤したのが誰なのか分かりません。この時、マスタに該当するのは「社員のデータ」です。
情報の種類により「商品マスタ」や「給与マスタ」「顧客マスタ」などに分かれ、例えば「顧客マスタ」であれば、顧客の情報や履歴などの基本的なデータが含まれています。ちなみに、システムを利用していくことで蓄積していくデータのことは「トランザクションデータ」と呼ばれます。
マスタデータ管理(MDM)のメリット
業務効率化のため、個別の業務に最適なシステムを独立して導入・運用している場合が多くあります。MDMを実施することで、各システムで個別に管理しているデータを統合し、分析に使用することができます。分析したデータをより高度なマーケティング活動や営業活動に活用したり、経営判断の材料の一つとして活用できます。
各システムを横断してデータが統合されている場合、従来データの集計などにかかっていた余計な手間がなくなることでコストの削減につながったり、データが一元化できたりして、在庫管理や物流管理など、サプライチェーン全体を可視化することにもつながるでしょう。
また、誤解や見直し、すり合わせや確認の時間と工数を大幅に削減できるため「業務の効率化」が可能なほか、顧客情報を横串連携させることで、よりその顧客に合った製品やサービスを提供できるようになり、顧客満足度の向上も期待できます。
マスタデータ管理の進め方
業種やケースによって異なりますが、マスタデータ管理の進め方は、大きく以下のようなフローを他辿ります。
要件定義
まずは目的と要件を定めます。「業務効率改善」「セキュリティ関連リスク削減」といった大目標の設定や、その目標達成に必要な機能や達成しておきたい小目標などを洗い出し、開発者などへ共有できるようにします。
現状分析
さまざまな視点から、現在のマスタデータの分析をします。例えば、データの配置や構造、データ収集と登録のプロセス、データ品質など、現状の仕様と課題、運用のプロセスなどを一つひとつ確認していきます。
アーキテクチャの設計
事業戦略や業務要件、現存のデータソースの管理基盤、データリネージなどを考慮した上で、マスタデータの統合方式を決定します。アーキテクチャの設計は、データから得られる価値を高めるために必要不可欠です。データアーキテクチャを定めることで一貫したデータの統合・標準化が実現できるだけでなく、設計する過程でデータの可視化や理解も進むでしょう。
データ構造の検討
全社で共有すべきマスタデータを統合して管理するために、MDM管理範囲内のデータモデルを作成します。実運用に乗せることを想定し、柔軟性の高い構造を採用することが大切です。
データ管理体制と運用プロセスの定義
まずはデータ収集・登録プロセスから抜け落ちるマスタレコードに対処して、バックエンドの運用プロセスを定義・改善します。次に、継続的な品質維持を支援するために必要な体制を検討し、マスタデータ品質の改善に必要な情報を、運用担当者に提供してみましょう。
ガバナンスポリシーの導入
統合管理されたマスタデータを、各部署や業務で使えるようにするための「ガバナンスポリシー」を定め、それを全社が守るように「ロードマップ」を定めましょう。
なお、作成後は組織全体で意味を為すようにデータを管理することが重要です。信頼性の高いデータの取得・クレンジングプロセスを定義し、定期的な管理・見直しを行うことで、マスタデータの品質維持が可能となります。
適切なルール設定やマスタの棚卸しも重要
せっかくコストと期間をかけて作成しても、管理がずさんだったりルールが決まっていなかったりすると、データの入力時に必要なデータが見つからないなどのトラブルが発生します。こういったトラブルを防ぐためにも、登録や更新といった業務の手順を統一する必要があるのです。
例えば、データを更新する際に「株式会社〇〇〇」「(株)〇〇〇」「株式会社〇〇〇営業部」といったような表記ゆれが発生し、同じ企業に対して複数のデータが作成されてしまうケースもあります。
この場合、取引先企業の名称を統一すれば改善されます。
また、マスタの棚卸しも重要です。期限切れなど不要なデータはトラブルにつながる可能性があります。マスタの構成に合わせて、有効なレコードと無効になったレコードをきちんと区別し、整理すると良いでしょう。適切なマスタ管理を行うことでデータ入力や参照時だけでなく、業務効率化や自動化にもメリットがあります。さらに、コードや名称に規則性があればデータの抽出や集計時に加工する手間が省けるため、手作業の発生を抑えることも可能です。
代表的なマスタデータ管理(MDM)サービス
ここでは、具体的な名前を挙げながらMDMサービスを紹介します。
Multidomain Master Data Management
アメリカのインフォマティカ社が提供する製品で、マルチドメインのマスタデータ管理が可能です。これは、商品や取引先などさまざまな項目に分かれるマスタデータを関連付けて管理できる仕組みです。このほかにも、データクレンジングや名寄せ、データエンリッチメントにも対応し、蓄積される情報の信頼性を高めます。クラウドやオンプレミスなど環境を問わず、さまざまなニーズに柔軟に対応します。
Multidomain Master Data Management
MasterInfinity
株式会社日立ソリューションズが提供するデータベース参照・更新ソリューションです。マスタデータ管理に必要なシステム環境の構築を、構築期間とコストを抑えて実現できる点が特徴です。操作しやすいインターフェースを備え多彩な機能を簡単に扱うことができ、細かい権限設定や不正操作履歴の追跡ができるなど安全面にも配慮がなされた製品です。
データベース参照・更新ソリューション MasterInfinity
TIBCO EBX Software
ティブコソフトウェア社が提供するソリューションで、データガバナンス、データマネジメント、名寄せなどの機能を搭載しています。オールインワン型のソリューションのため、単一製品ですべての共有データ資産の管理や統制、利用が可能です。
また、ガートナー社が発表する「Magic Quadrant for Master Data Management Solutions*(マスタデータ管理ソリューション部門のマジック・クアドラント)」の2020年版において、「リーダー」として選出されています。
ERPでも統合マスタ管理が可能
全ての基幹業務を処理できる「ERPシステム」は、さまざまな業務で発生するデータの整合性を保ちながら連携して企業内のデータを一元管理することが可能です。ERPシステムを導入して最適化・効率化を目指すには、まず統合マスタを整備しましょう。
マスタには「商品」や「取引先」「社員」や「組織」などがありますが、これらのマスタはさまざまなシステムで利用するため「共通マスタ」として登録しておくと、部署ごとに管理する手間が省けてデータ齟齬が発生する可能性が格段に下がります。さらに、全ての業務に必要な情報項目を設定して「統合マスタ」を作ることも可能です。
MDMとERPのどちらがマスタ管理に最適であるかは、現状のシステム環境によって異なります。しかし、どちらの方がビジネスにもたらすインパクトが大きいかという観点では、ERPに軍配があがるでしょう。ERPはマスタ管理を実現するだけでなく、すべての業務システムが連携されたシステム環境を構築することが可能です。単にマスタデータを共有するだけでなく、さまざまなシーンで大幅な業務効率化が実現。全体最適化が進み、ビジネスに良い影響を与えてくれるのです。
統合マスタ設計の注意点
ここからは統合マスタを設計する際に、確認しておきたいポイントや注意点を解説します。
マスタ属性設計について
まずは、マスタの属性設計に関することです。例えば、ある製品の地域別売上実績を月次でレポートするケースがあったとします。その場合「商品マスタ」には製品の情報を、「取引先マスタ」には国や都道府県など、地域情報を付加しておくと集計作業の際にスムーズです。
逆に、集計やフィルタリングしにくい切り口で属性設計を行うと、管理・精査するための業務がかえって増えて手間になりかねません。マスタ属性の設計をする際には、最終的な完成形のイメージから分類や集計を行うキーを決めておくことが重要なのです。
マスタ運用設計について
システム稼働後には決められたルールに従ってマスタ登録作業を行い、マスタの内容が最新かつ情報不足のない状態を維持するために、運用方法を決めておきましょう。具体的には、「マスタの管理部門やマスタのチェック・登録を行う担当部門を決める」「障害・災害時における担当者の策定」「登録毛色が不明なものの取扱い」などが挙げられます。
こういったルールを設けずに曖昧なままにしておくとマスタの精度が低下してしまうため、データ活用にも悪影響が生じます。
参考にしてほしい注意点
マスタ設計を計画する際によくある議論に「コード自体に意味を持たせるかどうか?」という話があります。例えば商品コードに「先頭1桁は取扱部門コード」「2-3桁目は商品カテゴリ」と定めた場合、コードを見るだけで何を示しているか分かりますが、桁数不足や商品などに変更があった際にその都度対応をしなくてはいけないなどのデメリットも発生します。この手法をとるメリットも確かにありますが、社内外ともに絶えず変化を続ける昨今においては、あまり向いていないやり方だと言えるでしょう。
GRANDITをはじめ、主なERPパッケージではコードに意味合いを持たせなくても商品や取引先などのマスタにカテゴリやセグメントなど自由な属性を付加させる機能があります。その機能を活用すればコードに意味を持たせずとも、それらのカテゴリやセグメント内容で自由な集計処理が行うことが可能です。
最後に
この記事では、マスタの概要やマスタデータ管理の重要性、メリットや管理の進め方、MDMの代表的なサービスや統合マスタ設計の注意点などを解説しました。
「マスタ」とは業務上必要となる基礎的なデータのことを指し「マスタデータ管理」とはマスタデータを分類して品質の維持・管理をする人やプロセスのことを指します。これを定期的に行うことで、コスト削減や業務の効率化などのメリットを最大限発揮します。また、データの正確性のためにも管理はとても重要です。マスタ設計をする際には担当者や登録・更新時のルールを決めておき、最終的な完成形のイメージをもつと良いでしょう。
さらに、共通マスタを設定することで「ERPシステム」でも統合マスタ管理が可能です。ERPシステムの導入を検討されている方はぜひ、システムインテグレータにお問い合わせ下さい。