製造業においてビジネスの大前提となるのは、競争力のある商品の開発と、利益を生み出し続ける仕組みを作るための経営管理です。設計部門はその急先鋒であるといえます。今後拡大が予想されるデジタルトランスフォーメーション(DX)の時代で生き残っていくためには、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット化)といった先進技術を製造工程に生かすことが求められ、設計部門においてはさらに高いレベルでの情報管理・意思決定能力が必要になります。
この記事では、設計部門における製造工程の流れである「エンジニアリングチェーン」を解説し、デジタルトランスフォーメーションによる影響や懸念される問題の解決手段をご紹介します。
エンジニアリングチェーンとは?
製造業における受注から販売に至るまでの一般的な業務フローは、「企画」「設計」「調達」「製造」「出荷」の順に進行します。
「エンジニアリングチェーン」とは、設計部門を中心とした製造過程の一連の流れを指す用語です。「Engineering Chain Management」の頭文字を取って、「ECM」呼ばれることもあります。
具体的には市場分析から企画構想を起点とし、製品・工程の設計、そして生産準備に至るまでの業務過程を「エンジニアリングチェーン」と呼びます。設計部門が製造過程の流れをどのように作り上げるかによって企業価値が大きく変動するため、製造業においては特に重要な要素です。
エンジニアリングチェーンは、全体の最適化と開発力の向上を目的として実施されます。エンジニアリングチェーンを実現するためには、ITによって情報を共有するとともに、情報をうまく活用することが重要で、これまで分断されていたそれぞれのプロセスをつなげる必要があります。
エンジニアリングチェーンを実現できれば、顧客へのタイムリーな情報提供や、サプライヤー(仕入先)との適確な情報共有、柔軟な共有体制の整備といったこともできるようになるでしょう。
サプライチェーンとの違い
エンジニアリングチェーンと類似する用語として、「サプライチェーン(Supply Chain)」があります。サプライチェーンとは、製品が顧客(消費者)の手もとに届くまでの原料の調達・製造・材料管理・物流・販売といったつながりのことをいいます。
例えば何か製品をつくる場合、いくつかの企業から部品を仕入れますが、仕入れた部品は最終的に製品を組み立てる工場に集められます。原材料は原産地から材料の生成・加工の後に工場に運ばれ、部品は町工場や海外から輸入され、製品として組み立てた後に市場に出荷されます。
サプライチェーンは、製品が完成し、顧客のもとに届けられるまでに経由するこのような企業の横のつながりを、エンジニアリングチェーンは、製品が完成するまでに関わる部署の縦のつながりを示します。企業が製品を作り出し、利益を上げていくためにはどちらも重要なつながりです。
なお、近年は「サプライチェーン・マネジメント(SCM)」と呼ばれる、供給元から最後に消費者に行き着くまで、業界の流れを統合的に見直し、プロセス全体の効率化と最適化を実現するための経営管理手法が注目されています。これはヒト・モノ・カネのグローバル化が進み、世界中に販売拠点や生産拠点を設ける企業が増えたことで、より広い枠組みで製造プロセスを捉える必要が生まれたからです。
サプライチェーンおよびSCMについて、詳しくは以下の記事で解説しています。併せてご参照ください。
関連記事:サプライ チェーンとは?マネジメントの重要性や近年の動向について解説
関連記事:SCM(サプライチェーンマネジメント)とは?必要性が高まる背景やシステムの構成要素をご紹介
バリューチェーンとの違い
エンジニアリングチェーンに類似する用語に「バリューチェーン(Value Chain)」というものもあります。
バリューチェーンとは、1985年にハーバード大学のマイケル・ポーター氏が提唱した概念で、事業活動を「マーケティング」「開発設計」「生産」「供給」「顧客フォロー」の5つに分類したビジネスの基本サイクルの連鎖を指す用語です。開発・設計のエンジニアリングチェーンと生産・供給のサプライチェーンは、バリューチェーンの連鎖のなかに含まれます。これに加えてマーケティングと営業を担う「デマンドチェーン」、顧客のフォローを担う「サービスチェーン」の計4分野からバリューチェーンが成り立っています。
バリューチェーンを各活動に分けて整理・分析することによって、競合他社と比較してどのような強み・弱みを持っているかなどが把握でき、事業戦略の有効性や改善施策などを探ることができるのです。そのため、事業戦略の策定やコスト削減など、会社の方向性を判断をする際に役立ちます。
バリューチェーンについて、詳しくは以下の記事で解説しています。併せてご参照ください。
関連記事:バリューチェーンとは?サプライチェーンとの違いからバリューチェーン分析のメリットや方法まで解説
DXがエンジニアリングチェーンに与える影響
IoT(モノのインターネット)技術によって、製造現場におけるデータ収集・見える化が進んだことで生産効率の向上が進んできました。今後はIoTとICTの両方を活用し、製造業の企業変革を推進するデジタルトランスフォーメーションが加速していくでしょう。
例えば、IoTで集めた情報は商品開発・設計に迅速に反映し、新しい付加価値への向上につなげていくことができます。エンジニアリングチェーンのPDCAサイクルを円滑に回すためにも、こうしたICTの活用で、有効な仕組みを作り上げることが求められているのです。
エンジニアリングチェーンの課題
さて、エンジニアリングチェーンには、いくつかの課題が存在します。以下ではエンジニアリングチェーンが抱える3つの課題をご紹介します。
情報伝達の課題
情報伝達の正確性は、エンジニアリングチェーンの1つ目の課題です。
設計部門は業務が個人に依存しやすく、デジタル化もあまり進んでいないことから、設計工程で挙がった懸念事項や課題が生産準備段階では共有されないことが喫緊の課題となっています。
正確な情報が伝達されていないと作業の出戻りが発生し、製造工程において余分なコストが発生してしまうでしょう。
情報共有と作業工程の連携に関する課題
1つ目の課題となるのは、情報共有と作業工程の連携に関する課題です。
エンジニアリングチェーンを強化するうえでは、設計や製造、調達といった各部門との連携を強化することが有効です。しかし、実際には企業内部において設計部門と製造部門の間で十分なコミュニケーションが取れていないケースも少なくありません。また、設計部門と製造部門が、それぞれ違うITベンダーから違うITシステムを導入しているために、部門間のシステム連携がうまくいかないケースもあります。
部門間の連携が十分でないことによって、情報と作業工程が分断され、結果として生産性や品質の低下を招いてしまいます。また、そのほかに起こりうる問題として、以下のようなものも挙げられます。
- 作業工程、設備、治工具といった製造現場の情報が設計仕様に反映できず、製造現場への負担が増加する
- 設計部門のデータと製造部門のデータの変換処理にたくさんの工数や処理時間が発生する
- 設計、製造両部門で伝達ミスが起こり、両部門で頻繁な打ち合わせが発生する
- 当初の予定になかった製造や調達のコストなどの情報が設計側に反映されない
これらの問題は製品の複雑化、不確実性の高まりなどによってさらに深刻な状態となり、競争力の致命的な低下を引き起こしかねません。問題の解決には設計部門の製造工程をデジタル化して、情報共有と作業工程管理の整備を部門を横断して行うことが必要になります。
成果物の管理に関する課題
成果物の管理はエンジニアリングチェーンの3つ目の課題です。
各工程の成果物のバージョン管理が機能しないことによって、部門間の連携が不十分になり、情報共有に時間差が発生します。その結果、正しい工数を把握するために余分な手間がかかる、作業ミスが発生した場合の手戻りが発生し、組織全体の作業効率が下がってしまいます。
ここまでご紹介した課題を解決するためには、企画構想から製品の設計、生産準備に至る流れをデジタル化して、部門間でスムーズな情報共有をできるようにするとともに、連携性を強化することが求められます。
エンジニアリングチェーンのDXを実現させるポイント
設計部門の業務フローをデジタル化し、エンジニアリングチェーンのデジタルトランスフォーメーションを実現させるためには、どのような施策が必要でしょうか。
重要となる点は設計諸元と設計成果物をデジタル化することです。これらの施策によって、どういった成果につながるのかをご紹介します。
エンジニアリングチェーンマネジメント(ECM)の導入
設計工程内部での部門間の円滑な情報共有や、進捗管理の正確化を実現するために有効となるのが「エンジニアリングチェーンマネジメント(ECM)」と呼ばれる経営管理手法です。これは、エンジニアリングチェーンにおける部品情報や設計情報の共有のことを指します。
ECMを通じて、市場の需要に合った製品を供給することによって得られるメリットは主に2つあります。
1つ目が、設計情報を共有化できることです。設計情報を共有できれば、製品設計の所要時間の大幅な短縮が見込めます。具体的には、設計図面をCADによってデータ化するなどの方法があげられるでしょう。
過去に行った設計検討に変わりがない場合、改めて同じ作業を繰り返す必要がなくなり、図面データの流用が可能です。また、工程の省略・データの流用などによって、設計の所要時間を短期化できます。また、新しい技術の開発の際も過去に設計した図面などを参考にすることで、業務負荷を軽くすることもできるでしょう。
2つ目が、部品情報の共有化です。部品情報を共有することによって、サプライチェーンにおける所要時間の短縮につながります。細分化されゆく需要に合わせて、一点一点違う部品を使用するとサプライチェーンの複雑化を招き、調達にかかる時間と負荷を増やしてしまいます。そうした問題を回避するため、部品情報の共有化を実施することでコストも低減させることができるのです。
また、経営者が設計部門と問題意識を共有することも忘れてはなりません。設計部門の地位を上げたり、IT投資を促進させたりするなど、経営面を考慮した解決策を実施しましょう。
設計のデジタル化
設計諸元や設計成果物をデジタル化することで、エンジニアリングチェーンのDXが可能になります。
重要なポイントとして最初に挙げられるのは、製品の重量や寸法などの諸要素である「設計諸元」をデジタル化することです。製造においては、CADを使った詳細設計の前段階として「構想設計」を実施します。構想設計では、主要部品の構成や実現方式などを検討したうえで設計諸元を作ります。
この設計諸元をデジタル化することによって、部門間を横断した円滑な連携が実現します。デジタル化した設計諸元を製品に転化することでスピーディーなフィードバックが可能になり、製造工程全体を最適化することができるのです。
ここでもう1つ重要なポイントとなるのが「設計成果物のデジタル化」です。製品の情報や3Dデータ、部品表、部品構成表といった成果物をデジタル化することによって、部門間を横断しての情報管理が円滑にできるようになります。
これによって作業の手戻りを防止でき、不要なコストや支出を減らすことにつながるでしょう。また、部門間で情報共有ができるようになれば、業務の属人化も防げるため、製造業が抱える人材不足の問題を解消する一手ともなるのです。
まとめ
今後進んでいくであろうと考えられるデジタルトランスフォーメーション(DX)の時代においては、エンジニアリングチェーンの課題を理解し、デジタル化などの手段で解決していくことが必要になります。この記事でご紹介したように、エンジニアリングチェーンマネジメント(ECM)を導入し、設計諸元・設計成果物のデジタル化を効果的に実現していくことが、DXの時代において生き残っていく手段のひとつになるでしょう。また、こうした生産管理のプロセスをより円滑にするためには、専用のシステムの活用が欠かせません。
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