これまで日本経済を牽引してきた製造業。一般的に「製造業」というと、自社で工場を抱えて、そこで製造を行っているイメージを持つ方が多いでしょう。しかし、ここ数十年の間は、そうした従来の生産方式とは異なる製造手法が勢いを増しています。
今回ご紹介する「ファブレス」は従来のものづくり企業が抱えていた、コストやリスクデメリットを解消するのに有効な手法です。また製造工程を分業することで、経営判断などのコア業務に集中できるメリットもあります。最後には、経営全般を効率化するのに役立つシステムも紹介しているので、ぜひご覧ください。
ファブレスとは
ファブレスとは「Fabrication facility less」の略語で、文字通り製造工場(Fabrication facility)を持たない(less)という意味です。一般的に製造業では自社工場を持ちますが、ファブレスでは自社で行う範囲を製品企画や開発に留め、製品の製造は自社で行いません。
ファブレス経営とは
ファブレス経営とは、製造業でありながら、自社の製造工場を所有しないファブレスのやり方を用いた経営方式のことです。製品企画・開発は自社で行いますが、製造は他社の工場に委託します。
ファブレスの方式を採用することで、製造設備に関するコストや維持費、人件費などを削減し、コストを考えずに事業を進めやすいなどのメリットがあります。ちなみに、こうしたファブレス経営の製造業から製造を受託する企業は「ファウンドリ(Foundry)」と呼ばれます。
ファブレスの歴史
ファブレス経営は、1980年代のアメリカのシリコンバレーで生まれたと言われています。
自社で工場を保有するためには、相応の資金や土地が必要で、大きな初期投資が発生します。しかし、当時のアメリカでは工場の設備費が高騰しており、製品製造にかかるコストを削減する方法が必要とされていました。そこで、製造を外部に委託する経営手法として導入されたのがファブレス経営の始まりです。
自社で工場を保有する必要がないため、建設に必要な巨額の初期投資がなくなります。また、工場を維持するためには設備だけでなく、工場で働く労働者を雇用するための人件費も必要です。しかし、ファブレスの手法であれば、そうした固定費は掛かりません。現在ではファブレス経営を導入している業界は、化粧品・サプリメント・食品・玩具・電子機器・電気製品・半導体・衣料と多岐にわたり、多くの業界で採用が進んでいます。
ファブレスのメリットとデメリット
ファブレスにはどんなメリットとデメリットがあるのでしょうか。
メリット
製造業が市場変動や需要の変化に合わせて生産を行うためには、必要に応じて製造設備を更新する必要があります。しかし、製造設備の更新は頻繁にできるものではなく、刷新には莫大な費用が必要です。しかしファブレス経営で製造を外部委託すれば、初期投資を減らし、設備投資の償却コストも軽減できます。その分、損益分岐点を大きく引き下げることができるでしょう。また、事業の撤退時にも撤退コストを軽減できます。
製造に関する初期投資とコストの抑制により、ファブレス企業はその分の資金と人材を研究開発に集中できます。研究開発は企業競争の源泉であり、差別化を図る上で重要な要素です。ファブレスによって製造を外部に委託できることで、こうした研究も加速させやすくなります。
また、製造設備や人員を抱える固定費が不要なため、資金が固定化せず、市場の変化に対応できる柔軟性も向上します。資金の自由度が高まるため、事業におけるリスクの軽減にもなるでしょう。
このように、工場を持たないファブレス企業は、高収益・高利益率といった特徴を持ちます。
一方で、ファブレス経営のメリットを活かすためには、企画・設計力やブランディングに長けていなければならないでしょう。ベンチャー企業のように、企画力があっても資金力が乏しい企業などは、こうした経営方式を採用することで、資金的な制約を回避しながら成長を目指すことができます。
デメリット
一方、ファブレスならではのデメリットもいくつか存在します。
まず挙げられるのが、製品の品質管理・生産管理に注意が必要な点です。ファブレスであろうとなかろうと、顧客は自社のブランドとして商品を認知します。そのため、いくら外部に製造を委託していたとしても、商品の質や価値を維持しなければ顧客の信用を失ってしまうでしょう。
信頼できる委託先を選定し、品質・生産管理をチェックできる体制を構築する必要があるのです。
そして、もう一つのデメリットとして挙げられるのが、外部委託に伴う機密漏洩や製造ノウハウ漏洩に関するものです。製品には、自社のノウハウやテクノロジー、開発した企画といったものが詰まっています。そうした情報の漏洩や、他社が先んじて類似製品を市場に出すなどが起こってしまうとビジネスチャンスが失われ、重大な損失が生じてしまうでしょう。委託先の選定に際しては信頼できる相手なのか、リスクがないか、慎重に見極める必要があります。
またファブレスでは定義上、自社で製品を製造していません。したがって、製造過程には接点を持たないわけです。製造過程で得たノウハウや知見を企画開発にフィードバックするということは基本的にできません。自社内の知見が薄れてしまうことはもちろん、製造フローが他人事化し、特に海外の委託先に外注する場合などは現地で発生した問題を発見したり解決したりするうえで対応が遅れがちになりやすいです。
こうしたことから、場合によってはレピュテーションリスクにもなります。近年、国内外の複数の衣料品メーカーが、生産過程に人権侵害が指摘されている材料を使っている疑いで世論の批判や外国当局による捜査の対象となったことがありました。
ファウンドリやOEM、アウトソーシングとの違い
製造業でありながら自社で製造工場を持たないなど、外部委託を活用するビジネスモデルとしては他にOEMやアウトソーシングもあります。では、それらビジネスモデルとファブレスは何が違うのでしょうか。
ファブレスとファウンドリの関係性
ファブレス企業が製造設備を持たないことに対応して、ファブレス企業からの受託製造のみをもっぱらのビジネスとする「ファウンドリ」というビジネスモデルが生まれました。ファブレス企業とファウンドリは互いに分業体制の関係を組んで発展するという構造上、ファブレス企業とファウンドリは共同開発を行うこともあります。
企画設計や開発に優れたファブレス企業はアメリカのベンチャー企業を中心に、他方、設備投資や雇用にかかるコストを安く抑えられるため、ファウンドリ企業はアジア圏で発達しました。例えば、現在世界最大規模の半導体製造企業は台湾の企業TSMCであり、半導体製造ファウンドリの世界シェア6割超を一社で占めています。
OEMとの違い
自社で製造設備を持たないビジネスモデルと言えば「OEM(Original Equipment Manufacturing)」も該当します。しかし、ファブレスがあくまで自社ブランドの製品を製造・販売するために製造過程を外部委託するのに対し、OEMでは「自社製品を他社ブランドで販売する」という違いがあります。より具体的に解説すると、OEMは以下のようなケースに分類されます。
- OEM製造業者は製造のみを行い、販売の際には製造依頼元のブランドで発売する場合
- OEM製造業者が自社開発した製品や半製品を、高いブランド力を有する企業などに持ち込み、持ち込み先のブランドで販売する場合
このように、製品はいずれの場合においても他社ブランドで販売されます。
こうしたビジネスモデルゆえに、自社のみでは不可能な販路を拡大したり、自社で在庫を抱えるリスクを回避しつつ販売ができたりします。小資本であってもコストリスクを軽減しながら事業展開できることは、OEMの大きな利点です。
OEMについてはこちらの記事でも詳しく解説しています
OEMとは?種類やODMとの違い、双方のメリット・デメリットを解説
アウトソーシングとの違い
文字通り、アウトソーシングは外部からの調達を意味し、業務の一部を外部の協力先に発注することを指します。生産過程を外部企業に委託して垂直分業をするファブレスに対し、アウトソーシングは外部企業の力を借りるものであるため、分業関係ではありません。
ファブレスがしやすい業界・業種とは
ここからは、ファブレスの方式を取りやすい業界・業種を紹介します。
ファブレスに向いている業種・業界は製品サイクルが短く、商品開発と生産を分離しやすい特長を持つ業界です。具体的には半導体やデジタル機器メーカー、飲料・インテリアメーカーなどが向いています。では、代表的なファブレス企業について、事例を見ていきましょう。
代表的なファブレス企業
ファブレス経営をしている代表的な企業をいくつか紹介します。
Apple
言わずと知れた、世界的なIT企業のAppleもファブレス経営を行っています。
Appleでは核となる固有の技術開発だけを自社で投資し、付加価値の低い製造プロセスをファウンドリ企業に分担させています。ファブレス経営のデメリットとして、生産を外部に委託することで製造プロセスの知見が得られないなどの要素が挙げられますが、Appleではコア技術開発の部分を自社で賄うことによって、そうしたノウハウの欠如を防いでいるのです。
任天堂
任天堂は日本発の世界的ゲームメーカーです。「スーパーマリオブラザーズ」「ポケモン」と言った、多くの名作ゲームを制作・販売しています。そんな任天堂も、ゲーム機の製造においてはファブレスの手法を採用することで、ゲームの企画・開発にリソースを集中させています。 任天堂の特徴として挙げられるのは、部品検査に用いる「検査器」を自社で設計・開発している点です。製造プロセスを海外に委託してコストやリスクを下げつつ、品質をしっかり担保されるよう仕組化されています。
キーエンス
キーエンスは自動制御機器をはじめとした、ものづくりに必要な専門機器を取り扱っている会社です。計測機器・情報機器・光学顕微鏡・電子顕微鏡など、精密な機器の企画から販売までを行っています。
キーエンスの特徴としてまず挙げられるのが、一貫生産にこだわらない開発思想です。製造は国内外の協力会社に任せ、キーエンス本体は企画・開発・営業に注力しています。キーエンスは送り出す新商品の約7割が「世界初」「業界初」ということでも知られていますが、こうした革新性のある仕組みを生み出せているのも、このファブレス経営による部分が大きいでしょう。ファブレス経営でない場合、新たな商品をつくったり改良したりする際に、工場の生産ラインを変更しなければなりません。そのため、設備的にも人材教育の側面でも大きなコストが掛かってしまうのです。「高付加価値商品の大量生産」を実現しているキーエンスは、まさにファブレス経営の見本とも言えるでしょう。
Qualcomm Inc
Qualcomm(クアルコム)は米国カリフォルニア州に本拠を置く、モバイル通信技術関連企業です。1985年にサンディエゴで設立され、ファブレス半導体企業の中で売上高トップの大企業となっています。半導体設計に特に特化しており、同社の主力事業であるスマホ用プロセッサはインテル・サムス電子・SK Hynixなどと肩を並べ、ファブレスの売上高ランキングでは世界第一位となっています。
そんなQualcommの戦略は、ファブレスだからこそ実現できるオープンクローズ戦略です。製品製造の過程で得られたアイディアを可能な限り標準化し、半導体の形にして多くのユーザーに届け、多くの人に使ってもらうアプローチを行っています。より具体的には、研究開発を通じて得た無線通信関連の知財を扱いやすくまとめ、Qualcommからライセンスを受け取ることでスマートフォンを作れる状況を作り出しているのです。
バックオフィス業務改善ならシステムインテグレータ
多くの企業で人手不足が大きな課題となっていますが、バックオフィス業務にはいまだに属人化した作業やアナログ業務が残っており、企業の成長と発展を阻む大きな壁となっています。
バックオフィスの業務プロセスを最適化することで、コスト削減や属人化の防止だけでなく企業全体の生産性向上にもつながります。
当社はERPをはじめとする情報システムの豊富な導入実績をもとに、お客様一人ひとりのニーズに合わせた最適な改善策を提案します。業務の洗い出しや問題点の整理など、導入前の課題整理からお手伝いさせていただきます。
バックオフィス業務にお悩みをお持ちの方は、お気軽に株式会社システムインテグレータまでご連絡ください。
まとめ
今回はファブレスをテーマに解説してきました。製造業の中でも、ファブレスは工場を持たない製造方式です。ファブレスの手法を採れば、工場の準備や初期投資を大幅に抑えながら製品製造をすることも可能です。企画力やコンセプト設計を得意とする企業にとっては、非常に良い手法だと言えるでしょう。
また、ファブレス設計は市場変化に対応しやすい手法でもあります。昨今はグローバル化や世界規模でのデジタル化が進んだことで、市場変化の速度も年々向上しています。そのため多くの企業には、そうしたニーズの変化やユーザーの意見を吸い上げ、常により良いサービスを追求し続けることが求められているのです。こうした背景がある中、状況に応じて製造プロセスを組み替えやすいファブレスは非常に有効な方法と言えるでしょう。
更にこうした柔軟性の高さから、ファブレス経営は企業価値向上のための施策に集中できるというメリットがあります。特に現代においては、ビジネス環境の変化に合わせて即座に対応するということが競争力を高めるポイントにもなっています。
ファブレスを採り入れる以外に、迅速な経営判断にはERPの活用も有用です。ERPの基本について解説した資料をご用意しましたので、気になる方はぜひご覧ください。
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