デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉がバズワードかどうかわかりませんが、実際、多くの経営者が企業の成長・発展にイノベーションが欠かせないと認識しています。しかし、単にイノベーションを声高に叫んでいてもラチが明きません。本気でイノベーションを起こそうと考えるのなら、「発想する機会」と「発想する手段」を提供する必要があります。
そこで注目されているのがアイデアソンです。「言葉は聞いたことはあるけど…」という方は、論より証拠で実際にやってみましょう。この記事では、アイデアソンの企画から実施方法、成果を上げるためのポイントについてお伝えします。
アイデアソンとは
アイデアソン(Ideathon)という言葉は、アイデア(Idea)とマラソン(Marathon)を組み合わせた造語ですが、和製英語というわけではなく海外でも通じる言葉です。一言でいうと「アイデア出し大会」で、テーマを決めてチームでアイデアを出し合い、その結果を競うまでを1日くらいで行うイベントです。
アイデアソンに先立って広まっていたのがハッカソン(Huckathon)です。こちらはエンジニアやデザイナーがチームを組み、各チームがテーマに沿ったソフトウェアを数時間で作り、その出来栄えを競い合うイベントです。通常、1日か2日がかりでひたすらHuck(IT的なことをする)しまくるのでマラソンに例えられたわけです。
「アイデアソン」と「ハッカソン」は、組み合わせて使われることが多いです。つまり、最初にアイデアソンでアイデアを出し、ハッカソンでソフトウェアを作る流れですね。しかし、最近ではアイデアソンが単独でも行われることが増え、ハッカーの祭典というポジションから少し離れてきました。本気でイノベーションを起こすアイデアなら、そう簡単にハッカソンでモノにすることが難しいということもあると思います。
なお、アイデアソンの方はたいてい数時間で終わるのでマラソンという感じでもないのですが、ハッカソンからの流れでソンが付けられたままになっています。
図1:アイデアソンとハッカソン
アイデアソンの企画
アイデアソンは企画が大切です。最初にどのような項目を決めなければいけないか表1にまとめましたので順に説明しましょう。
項目 | 内容 | 参考(クローズドの例) |
1.目的 | 何のために開催するか |
・社員のアイデアでイノベーションを起こす ・社員に発想力を付けさせる |
2.テーマ | 何をテーマとして発想するか |
新規事業のアイデアを出し合おう |
3.形態 | クローズドかオープンか |
自社(クローズド) |
4.参加対象 | 参加者は誰か |
全社員を参加 |
5.参加形態 | 個人かチームかなど |
3人~5人チームで発想する |
6.審査方式 | 優秀アイデアの選び方 |
審査員が審査して1位~3位までを決める |
7.賞金 | 賞金を与えるか |
1位30万円、2位10万円、3位5万円 その他に社長賞50万円 |
8.帰属・権利 | アイデアの所有権は誰か |
出されたアイデアは会社に帰属する |
9.公開ポリシー | アイデアの公開をどうするか |
すべてのアイデアと発案者を社内公開 |
10.実用化 | アイデアをどう実用化するか |
・上位のアイデアを壁打ちして事業化を検討する ・事業化が決定した場合は社長賞を授与する |
表1:アイデアソンの企画項目
目的
インセプションデッキという言葉を知っていますか。これはアジャイル開発のスタートに当たってプロジェクトの目的や方針などをメンバーで共有するために10の質問を行うものです。
1.我々はなぜここにいるのか | 6.解決案を描く |
2.エレベーターピッチを作る | 7.夜も眠れなくなるような問題はなんだろう? |
3.パッケージデザインを決める | 8.期間を見極める |
4.やらないことリストを作る | 9.何を諦めるのかはっきりさせる |
5.ご近所さんを探せ | 10.何がどれだけ必要なのか |
表2:インセプションデッキの10の質問
1つ目の質問「我々はなぜここにいるのか」は、メンバーでそもそもの目的を確認・共有するのに役立ちます。アジャイル開発なら「このプロジェクトは何のために行うか」という意味になりますが、アイデアソンでは「なんのためにアイデアソンを行うか」という目的になります。
企業内で行われるクローズドなアイデアソンの場合は、「社員のアイデアでイノベーションを起こす」というような本質的なものもあれば、「社員に発想する機会を与えて企画力・発想力を付けてもらう」というような教育的な目的もあるでしょう。オープンなアイデアソンなら「広くアイデアを募集する」というのが本来の目的ですが、「自分たちの存在や取り組みを知ってもらう」というマーケティング的な要素もありそうですね。
テーマ
アイデアソンで最も大切なのがテーマです。「イノベーション」や「新規事業」などの大きなテーマを掲げるケースもあれば、「〇〇事業の方向性」や「SDGsで何ができるか」など絞ったテーマでもいいです。
対外的(オープン)なアイデアソンは、自社(組織)のビジネスや取り組みに沿ったテーマを掲げることが多いです。最近、こうしたアイデアソンがあちこちで活発に行われていますのでいくつか紹介しましょう。
主催 | テーマ | 期間 |
岡山県 | 5Gイノベーション・アイデアソン | 2022/3/11 |
農林水産省/INPIRE |
~突き抜けたアイデアで新しいい農村を作る~ |
毎年4、5か所で実施 |
名古屋市/新日本法規出版 |
~法律業界の働き方を、テクノロジーでアップデートしよう!~ |
2021/7/17 |
厚生省/富士通総研 |
「卸売市場の待ち時間解消」など3テーマ |
2021/7~9月 |
国土交通省 | 東京23区から新しい世界を創るアイデアソン/ハッカソン | 2021/1/16 |
地方自治体(各地) |
各地で実施 | |
ソニーセミコンダクタソリューションズ |
Sensing Solution アイデアソン・ハッカソン2021 ~IoTがひらく未来~ |
2021/10 |
ネスレ |
~人生100年時代のGood life~ |
2018/3/2 |
表3:オープンなアイデアソンの事例
オープンなアイデアソンは、省庁や地方自治体が民間の協力を得て行っている事例が多いです。例えば農林水産省はINSPIREという団体と連携して農村インポッシブル(NOUSON in "POSSIBLE")というわくわくするようなアイデアソンを全国各地で行っています。
また、厚生省は富士通総研に委託して、物流における労働環境改善テーマを解決するアイデアソンを2021年7月に実施しました。国土交通省も2021年1月に同省が整備した「3D都市モデル」の活用に関するアイデアソンを実施し、翌月にはこのアイデアをもとにしたハッカソンも開催されています。
地方自治体の取り組みとしては、「地域課題アイデアソン in 〇〇」「地域創生アイデアソン in 〇〇」というアイデアソンが各地で行われています。コロナ禍のため2021年の「地域課題アイデアソン in 北海道」は中止になりましたが、福井や栃木、富山、函館など全国各地で同様のイベントが実施されています。
民間企業もオープンなアイデアソンを行っています。ソニーセミコンダクタソリューションズは、大学生向けに「Sensing Solution アイデアソン・ハッカソン」というイベントを「IoTがひらく未来」というテーマで開催しました。また、4年前になりますがネスレは「サステナブルブランド2018東京」というイベントで「人生100年時代のGood life」をテーマに「CSVアイデアソン」を開催しました。
💎CSVとは CSV(Creating Shared Value)は、日本語で「共有価値の創造」と訳されます。アメリカの経済学者マイケル・ポーター氏が2006年に提唱した考え方で、企業が経済的価値と社会的価値の両方を同時に創出する視点で事業展開することを意味します。 これまでのCSR(Corporate Social Responsibility)が社会的価値創出だけだったのに対し、CSVは事業拡大(経済的価値創出)に即した活動のなかで社会的価値創出を一緒に考えるのがポイントです。これによりサスティナブル(持続可能性)な活動を行えるという考え方は、SDGsとよく似ています。 |
参加形態
アイデアソンは、一人よりチームで討議しながら進める方が楽しいし気づきもあります。そのため、クローズドのアイデアソンの場合は最初にチーム決めを行ってチーム戦のワークショップ形式にすることが多いです。
オープンなアイデアソンの場合も同じなのですが、社員と違って見ず知らずの人とチームになるのに抵抗があったり、オンライン開催が多くなって複数のチームが討論しながら進める形態がやりにくいなどの問題があります。そのため、オープンなアイデアソンは、個人でもチームでも参加可能という形態を取るケースが多いようです。
審査方式
現在、行われているアイデアソンの多くは、比較的少人数です。15名~30名、多くても50名くらいの規模で行われ、各チームがアイデアを出して、その日のうちに審査する1Dayイベントとなっています。
しかし、もっと大規模なアイデアソンを企画する場合は1日完結は難しくなります。出されたアイデアを審査するための時間が必要なので、一定の審査機関を経て結果発表会を行うスタイルになります。また、アイデアソンとハッカソンをペアで行う場合も、最初にアイデアソンを行い、別の日程でハッカソンを行うことが多いです。
帰属・権利
オープンなアイデアソンを行う場合に課題となるのがアイデアの帰属権利です。生まれたアイデアは誰のものでしょうか。パターンとしては、次の3つが考えられます。
公知:アイデアは公知のもの。知り得た人が自由に使うことができる
主催者:主催者に権利が渡る
本人:アイデアを発想した本人に帰属
ここで問題になるのが、アイデアは「知的財産権」の対象になるかどうかです。一般に知的財産として保護されるのは、図面やテキスト、写真などの「著作権」や特許や実用新案、意匠、商標などの「産業財産権」です。
それ以外のもの、つまりアイデアやノウハウ、コンセプトなどは保護対象外となっています。つまり、アイデアソンで出されたアイデアは、「私が考えたアイデアだぞ」って主張しても保護されず、公知のものとして誰でも自由に使うことができるのです。
トラブルを防止するために、アイデアソンに参加する方には「参加同意書」に同意してもらいます。同意書の内容は、テキスト、図、データ、写真、ソフトウェアなどの著作権は作成者自身に帰属するが、アイデアは人類の共有財産(パブリックドメイン)として誰でも無償で利用できるというものになります。ハッカソンの場合でも、ソフトウェアやハードウェアのプロトなどは成果物として保護され、アイデアはパブリックドメインになります。
なお、「アイデアソン 参加同意書」でググるとさまざまなアイデアソンの同意書が見つかります。だいたい上記の方針で書かれていますので、それらを参考にして作成するといいでしょう。
公開ポリシーと実用化
現在、行われているアイデアソンやハッカソンは、開催すること自体が目的になっていて、出されたアイデアを本気で事業化する意思と仕組みが弱いと感じています。お祭りイベントで参加者が“スッキリ”すればいいと割り切るのが悪いわけではありません。
でも、どうせやるなら本気でアウトプットを価値につなげたいですね。そう思ってアイデアソンを開催するなら、出されたアイデアをどのように公開して、実用化につなげてゆくかについて企画段階で真剣に考えましょう。
アイデアソンの進め方
アイデアソンの企画ができたら、当日の進め方を決めておきましょう。
主催側のメンバー
アイデアソンを開催する側では、次のような役割が必要となります。
a.運営事務局
b.ファシリテーター
c.メンター(アクセラレータ)
d.タレント
e.審査員
ファシリテーターは進行役、メンター(アクセラレータ)は参加者のアイデアをより良くするためのアドバイスや壁打ちをしてあげる役目です。タレントは必ずしも必要でありませんが、華のある方をゲストとして呼ぶとより楽しいイベントになります。
審査員はファシリテータやメンター、タレントなどから選ぶことが多いですが、企業などの場合は社長などに審査員になってもらうのもありです。社長に関心を持ってもらえれば実用化への道が開けますし、参加者もやりがい(プレッシャーかな?)を感じるでしょう。
アイデアソンの進め方
図2にアイデアソンの進め方を示します。最初のオリエンテーションで、チーム分け、アイスブレークなどを行い、なぜ、このテーマでアイデアソンを行うのか趣旨を説明します(大事です)。その後すぐにアイデア出しに移行してもいいのですが、アイデア発想方法についてレクチャーしたり、ヒントを与えたりすると、参加者がアイデアを出しやすくなります。
参加者は、アイデアの種を出したあと、どれが面白いかをチームで意見交換して、よさそうなアイデアをみんなでブラシュアップします。できればメンターも入って壁打ちしてくれると、チームだけで議論しているよりグーンとアイデアが良くなります。
アイデアの企画がしっかり記載できたらアイデアを提出します。チームが多くない場合は、各チームのアイデアを審査して成績発表するまでを1日で終わらせるケースが多いです。
図2:アイデアソンの進め方
リーンキャンバス
各チームに書いてもらう企画項目は決めていた方が、出す方も審査する方も楽です。では、どのような項目を書いてもらうのがよいでしょうか。多くの企業でビジネスプランのアイデア出しに使われているリーンキャンバスというフレームがあるので紹介しましょう。
リーンキャンバス(Lean Canvas)は、「Running Lean(実践リーンスタートアップ)」の著者であるアッシュ・マウリャ(Ash Maurya)氏が考案したもので、ビジネスの企画を9つの要素に分けて1枚の図にまとめたビジネス企画フレームワークです(図3)。
図3:リーンキャンバス
9項目の配置には意味があり、左側がプロダクトに関する内容、右側がマーケットに関する内容となっています。各項目でどのような内容を記載するのか、簡単に説明しましょう。
1.課題(Problem)
この企画が解決する課題は何か、もっとも重要なものから3つくらいリストアップする。
2.顧客セグメント(Customer Segment)
ターゲットとなる顧客層はどこか。BtoCの場合はデモグラフィック属性(年齢や性別、職業、年収など)、BtoBの場合は業界や規模、役職などのセグメント。
アーリーアダプター(Early Adapters)
ターゲットのなかで、最初に仕掛けるべきアーリーアダプターはどこか。
3.独自の価値提案(Unique Value Proposition)
顧客に提供できる独自の価値はなにか。競合と比べてどこがユニークか。
優れたコンセプト(High-level Concept)
競合に差を付ける優れたコンセプトを説明する。
4.ソリューション(Solution)
課題を解決するためのソリューション(解決方法)の概要を説明する。
5.チャネル(Channels)
ターゲット顧客に対して、どのようにアプローチするか。
6.収益の流れ(Revenues Streams)
どのようにして収益を上げるか、収益モデルを説明する。
7.コスト構造(Cost Structure)
固定費と変動費に分けてコスト構造を説明する。
8.主要指標(Key Metrics)
ビジネスの進捗を測るべきKPIは何か。
9.圧倒的な優位性(Unfair Advantage)
上記項目を俯瞰した上で、競合を圧倒できる優位性はどこか。
アイデアソンと「IDEA GARDEN」
これまでのアイデアソンは、開催することに意義があるというスタンスが多いように思います。なるほど参加者はいろいろなアイデア発想法を知り、リーンキャンバスなどで企画のまとめ方を知り、なにより発想の機会を得て有意義な時間を過ごすことができます。きっとアンケートの満足度も高いでしょう。
しかし、本来の目的であるべき「みんなの発想で優れたアイデアを生み、それを実用化する」ところへ舵を切りたいです。なぜ、これまでのアイデアソンがやっただけになってしまうのでしょうか。課題は「蓄積」と「共有」です。アイデアソンが一過性のイベントで終わらないためには、出されたアイデアを流してしまわずに、蓄積して共有し、さらに実用化に向けてブラシュアップする仕組みが必要です。
この目的のためのアイデアソン専用ツールが「IDEA GARDEN」です。アイデアソンに必要な下記の機能をオールインワンで装備しており、オープン、クローズを問わず多くのアイデアソンで利用されています。
①アイデア発想法を提供「Hints Method」
②アイデアを蓄積して共有「Garden Board」
③アイデアをみんなで育てられる(いいね、コメント)
④リーンキャンバスなどのフレームで企画を書ける(フォーマット)
⑤アイデアソンの運用を標準化「Gardening」
図6:IDEA GARDENのBoard画面(アイデアの管理・共有・育成)
イノベーション時代となり、アイデアソンを行う企業が増えてきました。アイデア発想は才能(gift)を持っている特定の人しかできない、そう考えている人は多いと思います。私もこの考えを否定はできないのですが、アイデアソンを活用して多様な発想を事業に活かす企業が成長する、そんな時代にもなったようにも感じています。
(株式会社システムインテグレータ 代表取締役会長 梅田 弘之)
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