新規事業の立ち上げが成功する確率は「千三つ」であると言われていますが、これは文字通り新規事業の成功確率は1,000分の3と非常に低いことを表現した言葉です。このように厳しい状況のなかで新規事業の立ち上げを試みるのであれば、成功確度を高められるようにできる限りの工夫を行うことが重要となります。
リーンスタートアップは、多くのスタートアップ企業が採用して成功を収めてきた、新規事業立ち上げにおすすめの手法です。今回は、リーンスタートアップの基礎知識・メリット実践方法・実践のポイント・参考事例についてご紹介していきます。
リーンスタートアップとは
リーンスタートアップとは、コスト・時間をかけずに最小限の機能を持たせたMVPと呼ばれる試作品の開発を行い、顧客の反応を観ながら改善を繰り返してプロダクトを成長させていくマネジメント手法のことです。2008年にアメリカの企業家エリック・リース氏により提唱されました。
プロダクトを完成させてからリリースを行う従来の新規事業立ち上げ手法は、コスト・時間を投下してからでないと顧客の反応を得ることができないためリスクが伴います。リーンスタートアップであれば、リスクや無駄を避けながらプロダクトを完成させていくことができます。
リーンスタートアップは新規事業立ち上げの成功確度を高められることから、2008年に提唱されて以来多くのスタートアップ企業に採用されている手法です。
リーンスタートアップとMVP
MVPとは「Minimum Viable Product」の略で、日本語に訳すと「実用可能な最小限の製品」という意味になります。完成した製品を目指すのではなく、最小限の機能を持たせた状態でリリースし、マーケットに受け入れられるかどうかを判断するために作られる試作品です。
リリース後はユーザーのフィードバックを受けて、必要に応じてブラッシュアップや方向性の見直しなどを行います。
リーンスタートアップとアジャイル開発
リーンスタートアップと似た考え方にアジャイル開発というものがあります。
リーンスタートアップが市場に受け入れられる製品をつくるためにユーザーのフィードバックをもとに製品のブラッシュアップを繰り返すのに対し、アジャイル開発は短いスパンで製品の機能追加・改善を行っていくことで、製品開発のプロセスを加速化・効率化する手法です。
いずれも開発サイクルを短縮・加速する点は共通していますが、リーンスタートアップは「顧客」の開発、アジャイル開発は「製品」の開発を目的としている点に違いがあると言えます。両者ともVUCA時代に加速化する市場や社会の変化に柔軟かつ迅速に対応するために生まれた考え方です。そのため親和性が高く、リーンスタートアップのシステム開発ではよくアジャイル開発が採用されています。
リーン・スタートアップの5つのプロセス
リーンスタートアップでは、一般的なスタートアップとは大きく異なる特有のプロセスを踏襲する必要があります。以下にご紹介していきますので、これから実践を考えている方はぜひ参考にしてみてください。
仮説の構築
リーンスタートアップの最初のプロセスは、仮説の構築です。以下のような手順で、新規に開発するプロダクトの仮説を構築します。
- 新規ビジネスのアイデア出しを行う
- 市場調査やアンケートから情報を得る
- アイデアをブラッシュアップする
どのようなプロダクトを開発すれば顧客ニーズを満たせるかを意識しながら仮説を構築することがポイントです。
仮説を立てる際に役立つフレームワーク「リーンキャンバス」についてご紹介している記事もありますので、ぜひ併せてご覧ください。
リーンキャンバスとは?構成要素や作成方法をわかりやすく解説
MVPの開発
新規ビジネスの仮説構築が完了したら、仮説を検証するための必要最小限の機能を搭載した試作品「MVP(Minimum Viable Product)」を開発します。
完成版のプロダクトを開発するには多大なコスト・時間が必要となりますが、リーンスタートアップにおいては低コストで素早くMVPの開発を行い、実際に顧客に試してもらうことで仮説検証用のデータを集めます。
MVPについては以下の記事にて概要・全体像を詳しく解説していますので、併せてご参考ください。
MVP(ミニマム・バイアブル・プロダクト)とは?メリットや実践方法を解説
仮説の検証
試作品であるMVPをリリースして得られた顧客の反響についてデータを集め、仮説が正しかったか検証を行います。
検証の精度を高めるために、MVPの利用データだけでなく顧客の意見・要望等も収集することが重要となります。
学習
学習とは、仮説の計測・検証結果をもとに、MVPを改善する方法を考えることです。MVPをより良いものとするために、変更せずに残しておくべきことや改善を加えるべきことについて検討を行います。仮説そのものに誤りがある場合には、仮説自体の再検討や計画の変更、撤退を行うことも考慮する必要があります。
学習の結果次第でプロダクトの成長が左右されるため、繰り返し学習を重ねて成功確度を高めていくことが重要です。
意思決定
学習プロセスで得た学びから、MVPにどのような改善を加えていくのかを決定して、実際に開発を進めていきます。
仮説の改善や計画の変更、撤退の必要がある場合は、この段階で判断を下します。
リーンスタートアップを採用するメリット
リーンスタートアップは、その有用性やメリットが認められ現在では多くの企業が採り入れて実践しています。ここでは、リーンスタートアップを採用する主なメリットについて解説します。
コストや時間を抑えて検証できる
プロダクトを完成させてからリリースを行う従来の開発手法の場合は、反響を得るまでに多くのコストと時間を投下する必要があります。一方でリーンスタートアップであれば、必要最小限の試作品であるMVPのリリースにより反響を得られるため、コストや時間を最小限に抑えて検証を行えることがメリットです。
完成させたプロダクトでは検証を行う際にも原因の特定が難しくなりますが、MVPであれば細かく検証と改善のサイクルを繰り返すため、原因の特定や的確な改善を行いやすいというメリットもあります。
素早く市場に出せる
最小限の試作品をリリースするリーンスタートアップでは、完成品をリリースする一般的な開発手法よりも、短い期間で素早くプロダクトを市場に出せることがメリットです。
いち早く市場にプロダクトをリリースすれば、競合に対して優位性を発揮し、先行者利益を得ることができます。また、リリースしたプロダクトに改善を繰り返し加えていくことで、先行優位のままビジネスを継続していくことが可能となります。
ビジネス競争では早いものが勝つというのは常識です。スピード感で競争優位性を発揮できることは、リーンスタートアップを実施する大きなメリットと言えるでしょう。
より早く顧客からのフィードバックが得られる
素早く市場にプロダクトを投下することで、顧客からのフィードバックをより早く得られることもリーンスタートアップのメリットです。
プロダクトの良し悪しや改善点等を早い段階からキャッチできるため、顧客ニーズを満たすプロダクトを完成させる時期を早めることができます。また、頻繁にプロダクトの改善を繰り返すことでフィードバックを得る機会も増えるため、顧客ニーズをより高い確度でプロダクトに反映させることもできます。
スタートアップのビジネスを成功させるには、顧客ニーズを満たして満足度を高めることが非常に重要です。素早く高頻度でフィードバックを得られるメリットは大きいでしょう。
リーンスタートアップ実践の注意点
リーンスタートアップはメリットも多く、実際に活用している企業は多くあります。しかし決して万能な手法ではないため、実践にあたっては注意すべき点もあります。
ここでは、リーンスタートアップ実践の注意点について解説します。
失敗する可能性もある
リーンスタートアップは、一般的なスタートアップよりも成功確度を高めることができる方法ですが、以下のような理由から失敗してしまう可能性もあります。
- 市場に投下した試作品が受け入れられず、初期段階で頓挫してしまう
- 試作品のリリースには不確定要素・不確定リスクが多く伴う
- 試作品の改善や事業の軌道修正を繰り返しても効果が出ない
リーンスタートアップは多くの企業に採用されている優れた手法ですが、決して万能ではないため、過信しないように注意しておく必要があります。
顧客の意見を取り入れすぎて方向性を見失うことがある
リーンスタートアップは、試作品に対して改善を繰り返すという性質上、当初に設定した目的やゴールから外れてしまったり、方向性を見失ったりしてしまうケースがあります。
試作品に対して集められた顧客の意見や利用データを改善に活かすことは重要ですが、改善を繰り返すことが目的となったり、顧客ニーズの充足という本筋から離れたりしてしまっては本末転倒です。
リーンスタートアップの本質は、無駄を省いて顧客が求めているプロダクトを素早く開発することであることを忘れないようにしましょう。
現代のビジネス環境に合わない可能性がある
リーンスタートアップは、2008年に提唱されてから今に至るまで多くの企業に採用されてきた手法です。しかし2020年頃から、現代社会のビジネス環境には合わないという意見も見られるようになってきました。その理由は次のとおりです。
SNSの普及
現代はSNSであっという間に企業やプロダクトの口コミが拡散されます。不完全な試作品をリリースするリーンスタートアップはネガティブな口コミを招きやすく、改善を繰り返すまえに顧客が離れてしまうという懸念があります。
優れたテクノロジーが重視される
近年のマーケットでは優れたテクノロジーで開発されたプロダクトが好まれる傾向にあります。そのため、最小コストで試作品をリリースするよりも、コストを投下してテクノロジー重視で開発を行った方が成功しやすいとの見方も増えてきました。
このようにリーンスタートアップには弱みもあることが指摘されているものの、それでもポイントを押さえて実践することで、現在でもその価値を発揮することは可能です。万能なものではなく、あくまでビジネスを展開する手法の一つとしてとらえ、状況に応じて活用するとよいでしょう。
リーンスタートアップ成功のポイント
市場をしっかりと見極める
リーンスタートアップに限りませんが、ターゲットとする市場の見極めはビジネスの成功を左右する重要ポイントです。リーンスタートアップが有用とされるのは、トレンドの変化が速く顧客ニーズが複雑な市場、顧客体験の最適化を目指したサービス改善が求められる市場など、柔軟かつ迅速に対応する必要がある分野です。
目的やビジョンを明確にする
リーンスタートアップは最小限の機能を備えた状態のリリースから始めてブラッシュアップを重ねていく手法です。そのため、改善を図るにあたって顧客の表面的な要望に振り回されたり、方向性を見失ってしまったりする恐れがあります。あらかじめ事業の目的やビジョンを明確にして原点を共有しておくことで、軸をブラさずに事業開発を進めることができます。
情報収集を徹底する
リーンスタートアップでは仮説を立てて検証するサイクルを素早く回していきます。そのため、有用な情報を顧客のヒアリングや市場調査などを通して集め、利活用していく必要があります。また、仮説を裏付ける情報を社内で共有することで関係者の間で共通認識ができ、プロジェクトの円滑な推進にもつながります。
リーンスタートアップの事例
リーンスタートアップをこれから実践しようと考えている方は、実際の活用事例・成功事例を参考にしておきましょう。ここでは、リーンスタートアップで成功を収めた有名な事例を2つご紹介します。
Instagramは、リーンスタートアップにより成功を収めた世界的にも有名な事例です。
Instagramは、本来Burbnという位置情報アプリをリリースするところからビジネスをスタートしましたが、想像以上に不人気であったことから仮説構築・計測・学習を繰り返しました。そのなかで写真の投稿機能が最も高い人気を得ていることがわかり、写真投稿をメインとしたSNSへとプロダクトの方向性の転換を行いました。
更に仮説構築・計測・学習を重ね、「写真投稿・コメント・いいね」機能を搭載した現在のInstagramへとプロダクトをブラッシュアップしていったのです。
近年では写真のエフェクト・ショッピング・ストーリーなどの機能も追加され、人気を集めて大きく普及した後も改善や機能追加を繰り返して発展し続けています。
Dropbox
今や世界中で利用されているオンラインストレージサービスであるDropboxも、リーンスタートアップにより大きな成功を収めた事例のひとつです。
立ち上げ初期はインストール型のサービスとして展開していましたが、マイナーな市場であったためユーザーの獲得に苦労していました。
そこで、複数のデバイスやメンバー間で共有できるストレージサービスを作り上げれば多くのユーザーを獲得できるという仮説を立て、クラウドストレージサービスへと方向性の転換を行いました。
利用データやリサーチ等からユーザーニーズの調査を行い、仮説・検証・改善を素早く繰り返すことで、ユーザー数は急激に増加。現在の業界トップクラスのオンラインストレージサービスというポジションにまで登りつめています。
まとめ
ビジネスを取り巻く環境が変化し続けるなかで新規事業の立ち上げを行うのは至難の業です。リーンスタートアップでは、最小限の試作品から始めて市場や顧客ニーズに合わせて改善・軌道修正を行っていくため、リスクを抑えつつ効率的にプロダクトの完成度を高めていくことができます。
新規事業の立ち上げにリーンスタートアップを採用する場合においても、成功率を高めるには質の良いビジネスアイデアが必要となります。新規事業の立ち上げにあたってのアイデア発想法についてまとめた資料がございますので、ぜひご覧ください。
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