TAM・SAM・SOMは、事業に関わる市場規模を数値化したもので、新規事業や起業、スタートアップ企業に関連して用いられます。この3指標は、事業のターゲットとなりうる市場規模の大きさや、収益性を見込む際の有用な判断材料です。
この記事では、3指標それぞれの指標の意味合いや計算方法、目標とする数値目標や数値の捉え方を解説します。
TAM・SAM・SOMとは
まずはTAM・SAM・SOMの定義、各指標が表すものを紹介します。また、ビジネスシーンにおける位置づけや役割を解説します。
TAM・SAM・SOMの定義
TAM・SAM・SOMの3指標はいずれも市場規模の大きさを表しており、当該事業の市場環境を定め、事業において製品やサービスの提供先を明確に示すための指標として用いられます。対象とする市場規模はTAM、SAM、SOMの順に小さくなります。具体的には、市場規模全体の指標であるTAMは同分野の事業における理論上収益の最大値であり、事業の実際の市場規模に近いSOMの指標はそのまま事業の売上目標値として活用されるのが特徴です。
新規事業に参入する際は資金調達が課題とされやすく、理想的な形で市場に参入できるかどうかは金融機関からの融資や投資家、スポンサーなどから事業に必要な資金を集められるか次第となります。新規事業には「新市場開拓」「新製品開発」「多角化」「事業転換」などの種類があり、変化の激しい市場環境において市場を勝ち取る事業戦略が必須です。資金調達先を確保するためには、金融機関での担当者との面談、事業への投資を検討している投資家へのプレゼンを行うことになるでしょう。
このような場では、事業における合理的な収益性、中長期的な成長可能性を相手に示すことが必要です。つまり資金調達を行いたい企業、投資先を見極めたい投資家双方にとって、TAM・SAM・SOMは有用な指標といえます。
TAM(Total Available Market)
TAMはTotal(全体)、Available(利用できる)、Market(市場)の略で、その事業で獲得できる(実現可能)とされる最大の市場規模を指します。規模の大きさは最も大きく、TAMの値を最終目標に事業拡大を進めれば市場でトップシェアを獲得できるとされます。新規事業開発のほか、事業の拡大戦略を立てる際によく用いられます。
TAMの値は市場全体で取引されている金額を表すものです。つまり数値の大きさは競合の多さを意味するため、必ずしも大きければ良いというわけではありません。
SAM(Serviceable Available Market)
SAMは、Serviceable(使用できる)、Available(利用できる)、Market(市場)の略で、TAMという市場規模の中で事業において実際にアプローチ可能な市場規模を指します。また、SAMは当該事業の中長期経営計画を立てる際に特に有益な指標であり、規模の大きさはTAMより小さく、SOMよりは大きい中間的な位置づけです。TAMには自社の事業サービス内容に合わないターゲット集団も含まれますが、SAMはより当該事業で提供されるサービスと相性の良いターゲット層を絞り込めます。
SOM(Serviceable obtainable Market)
SOMはServiceable(使用できる)、obtainable(獲得する)、Market(市場)の略で、事業が市場に参入した際、獲得できる顧客や売上が見込まれる市場規模、既に獲得している市場規模を指します。SOMは短期指標であり、実際に参入する市場での数値を計算できます。SOMの値は現状や将来の収益見込み、正確な市場規模、参入した事業が順調に進んでいるかを判断する指標でもあります。市場の大きさはTAMやSAMより小さい規模ですが、事業で獲得できる可能性を見極めるのに最適な指標です。
TAM・SAM・SOMの関係性
TAM・SAM・SOMはどれも市場規模を指しますが、それぞれ規模の大きさが異なります。一番規模の大きなTAMの中にSAMがあり、そのさらに内側にSOMという包括関係があります。参考までに、企業向けのSaaSサービスを例にすると以下のとおりです。
- TAM:類似や競合を含むSaaSサービス市場の規模の全体やサービス需要の大きさの程度
- SAM:当該事業において実際にアプローチできるターゲット層
- SOM:SAMの中で実際に顧客として獲得できる(利用につながる)層、目安となる短期的な売上目標の参考値
TAM・SAM・SOMの活用シーン
事業戦略を検討する際、合理的な裏付けの取れる数値をもとに、想定される収益性や、投資家およびステークホルダーへの説明内容をまとめることが重要です。TAM・SAM・SOMが共通して活用される主なシーンは以下のとおりです。
新規事業をスタートする際の市場規模測定
新規事業をスタートする場合、収益を獲得するには対象となる市場規模を正確に把握する必要があります。TAM・SAM・SOMにより「参入しようとしている市場の規模」「参入した際の収益獲得の見込み」などがわかります。もしこれらの指標を参考にしない場合、当該事業において見込まれる収益を見誤ってしまい、事業が失敗する深刻なリスクにつながります。
投資家が投資の判断を行う参考指標
投資先を探す投資家と資金調達を行いたい企業の間で、対象事業の市場規模や想定される収益性の認識にズレが生じることは避けなければいけません。ベンチャー企業のなかでも特に革新的なアイディアかつ短期間で成長するスタートアップ企業の場合、投資家に対して合理的な裏付けとなる指標を用いて事業説明を行うことは必要不可欠です。投資家目線ではSAMとSOMは投資リスクの低減、TAMは事業の伸びしろや成長余地と捉えられます。TAM・SAM・SOMによって投資を通じて得られる収益(リターン)を予測しやすくなるため、投資判断の材料としてとても有益です。
SaaSビジネス
インターネットなどのネットワークを経由してサービスを提供するSaaSビジネスは、ユーザーが毎月固定の利用料を支払うため、継続的にサービスを利用してもらうことが前提です。TAM・SAM・SOMは明確な市場規模や対象となる顧客・ターゲット層を示してくれます。TAMを参考にすれば実質的な顧客層を把握できるため、ターゲット層のニーズを網羅するようなサービスを提供できればさらに継続的な利用が見込めます。
なお、新規事業立ち上げに向けたビジネスモデルの確立については以下の記事もぜひ参考にしてください。
新規事業とは?経営者が知るべき定義や立ち上げ方などの基礎知識を紹介
TAM・SAM・SOMの計算方法
続いてTAM・SAM・SOMの計算方法、市場での目安となる値を紹介します。TAMはトップダウン分析、SAMとSOMはボトムアップ分析と呼ばれる方法で計算を行います。
TAMの計算方法
TAMは市場全体の中で事業のターゲット集団ではない部分を除外し、その事業で売上や顧客獲得を見込める最大値を計算します。TAMは市場の想定規模とも呼ばれ、SAMやSOMに比べ対象範囲が広いため、1年間に市場全体で支払われる合計金額となります。値が大きいほど競合が多いことを意味(レッドオーシャン)し、事業戦略においては特に重要です。
TAM=市場全体のユーザー人数x1人当たりの単価×年間購入回数
SAMの計算方法
SAMは、TAMの中でアプローチできる層の人数を計算するものです。市場の中長期的な収益指標、市場を勝ち取る戦略を立てる参考値といえます。競合事業のターゲットや事業のサービスによっては対象外の層も含まれます。そのため、実際はこの値より少ない層に合致するでしょう。
SAM=事業に関心のあるユーザー層の人数×1人当たりに見込まれる支出金額
SOMの計算方法
SOMはその事業において実際にアプローチできる市場規模で、SOMは3指標のなかで最も現実的な値のため売上目標として用いられることもあります。市場の短期的な収益数値のため、事業が順調に進んでいるかがわかります。
SOM=(既存ユーザーと獲得見込みの高いユーザー)×1人当たりに見込まれる支出金額
トップダウン分析
トップダウン分析は、TAMを計算する際に用いる分析方法です。トップダウンで計算する場合、IDC Japan 株式会社やフォレスター・リサーチ(Forrester Research Inc)などの分析・アドバイザリー会社が公表している予測数値や工業統計に市場数値を組み合わせるのが一般的です。参考指標がない場合「〇〇市場の60%」などの推定値を算出します。
ボトムアップ分析
ボトムアップ分析は、SAMとSOMを計算する際に用いる分析方法です。TAMがマクロな視点で計算するのに対し、SAMとSOMはより具体的なミクロの視点で計算します。トップダウン分析と同様にIDC Japan 株式会社やフォレスター・リサーチ(Forrester Research Inc)などの分析・アドバイザリー会社が公表する予測数値、世界銀行や米国政府が公表するデータを扱うのが一般的です。また、自社に顧客データがある場合は自社の数値を用いることもあります。
TAM・SAM・SOMを計算する際のポイント・注意点
どれだけ有益な指標でも、数値を正しく取り扱わなければ現状とは異なる計算結果を出してしまいます。ここでは、TAM・SAM・SOMを計算に用いるデータや計算のポイント、注意点を解説します。
最新データをもとに計算する
トップダウン分析の場合、データが最新のものでないと信憑性が失われます。そのため、利用するデータや情報が最新であるかを確かめる必要があります。また、分析・アドバイザリー会社によってカテゴリー分類の仕方が異なるため、計算結果には誤差も含まれます。より正確な数値を計算するためにも、あらかじめ調査会社と認識をすり合わせをしましょう。
現実的な市場規模を設定する
TAM・SAM・SOMの数値を定義する際、現実的な数値を設定することが重要です。数値の大きさは事業規模の拡大の見通し、現実的な売上のスケール感を示します。投資家向けのプレゼンのために魅力的な数値を設定してアピールしたいこともあるかもしれませんが、現実離れした数値を設定してしまうと見通しを誤り、最悪の場合事業の失敗につながってしまいます。事業の対象とする市場や競合を考慮し、達成可能な数値を設定しましょう。
最終的にトップシェアを取れるか予測する
TAM・SAM・SOMのそれぞれの数値は、事業戦略における収益予測や事業で開発すべき市場規模の目安がわかるため、意思決定者の判断材料として活用されます。市場シェア理論であるランチェスター戦略によれば、市場の41.7%を上回ると市場トップと見なされます。そのため、この値が事業戦略を計画する際の参考指標といえるでしょう。ただし、数値以前に手がける事業の可能性を正しく認識している必要があります。
TAM・SAM・SOMの具体例
企業では実際にTAM、SAM、SOMの指標をどのように扱っているか具体例を紹介します。これらの指標はIR情報を投資家に示す際に活用できるため、投資対象として有益と判断される裏付けになります。
株式会社ラクス
株式会社ラクスは、交通費・経費精算システム「楽楽精算」や勤怠管理システム「楽楽勤怠」など、企業の業務効率化を支援するSaaS企業です。多くのSaaS企業のなかでも高い時価総額を誇ります。同社のIR情報ではTAM、SAM、SOMから計算できる指標が紹介されており、同社のクラウド経費精算システムのターゲット市場について、2022年3月期決算説明資料で以下のように示されています。
■楽楽精算 経費精算システムの市場規模
- 最大市場規模:2,521億円
- ターゲット市場規模:1,310億円(楽楽精算のターゲット 従業員50~4,999名の市場規模)
- 想定ターゲット:917億円(想定シェア70%)
Airbnb, Inc.
TAM、SAM、SOMの活用事例としても度々引用されるAirbnb, Inc.(エアビーアンドビー)は、米サンフランシスコを拠点に、旅行者などのゲストに滞在先と体験プログラムを提供するマッチングサービスを運営する企業です。
■Airbnbの市場規模
- 世界全体の宿泊市場規模:19億ドル
- オンライン上の格安宿泊予約市場規模:5億3,200万ドル
- Airbnbが獲得した市場シェア:1億600万ドル
上から順にTAM、SAM、SOMの値となっており、SAM(5億3200万ドル)のうちSOM(1億600万ドル)から見ても、Airbnbがオンライン上の格安宿泊予約市場規模に占める市場シェアは約20%で、今後さらなる収益拡大の余地が見込まれます。
まとめ
新規事業で市場規模を把握し、具体的なアクションを起こすためのフレームワークとしてTAM、SAM、SOMは有効な指標です。これらの指標により市場規模はもちろん、「市場が伸びているか」「当該市場のなかでトップとなる見込み」「競合の強さ」といった要素を分析できます。
新規事業を成功させるには、指標から市場を把握し、ターゲットとなる顧客やニーズを的確に捉えることが重要です。新規事業のアイデア発想についてまとめた資料をご用意していますので、ぜひご覧ください。
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